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何か血の池地獄の様な所で立ち泳ぎをする様な感じで過ごしていた。

どうしてそこに居るのかは、自分でよく分かっていた。

悪行三昧の結果だ。

そこで、神か仏か、何かそんな感じの者に、次は天才に産んでくれ、そうすれば今後は、もう二度とここに来る事の無い様に上手くやる、と言って、再出生を頼んだ。

前世で自分が悪事に走ったのは才能が無かったからだ、と言ったわけだ。

才能が無かったので、苦しみから逃れるために、良い思いをするために、足りない分を悪事で補おうとした。

あの愚脳鈍体では、ルールを守っていたのでは、どうにも成らなかった。

それでも、そういうルールが間違っている、のではない事は、良く分かっている。
そういうルールに納得していない状態で、俺にも素質のある人の役をやらせてみろ、と頼んで、やってみて素質のある人の身に成って考えてみると、段々とルールに納得する様に成って行った、という経過だったような気がしているのを、上の文を書いた後で思い出した。

天才に生まれれば、悪い事なんて一つもしなくても、一生楽しい事うれしい事ばかりなはずだ、こう考えた。

天才に生まれても、妨害を受けるから、なかなかそうは行かないものだ、という話を初めて聞いたのは、その時である。

なぜか、そんな感じの事があったような記憶が、漠然と頭に残っている。

最後に、生まれるか生まれるのをやめるか、選択の余地が与えられた。

その時の感覚は、自分が真っ暗な場所に居て、開口部から太陽光に満たされた現世が見え、今の場所にとどまれば安全だが知覚のみで能動が皆無、外に出ればその後の成り行きは不測だが能動が可能、私は、その格差を見て初めて、能動が皆無という状況に金縛りの様な苦しさを覚え、能動への誘惑に抗いきれず、不測の危険をも飲んで、生まれ出る方を選んだ。

受動のみで能動が皆無というのは、外界をテレビで見ているような感じで、その内容を自分の意志で変える事は出来ない状況です。
目の前の石ころ一つ動かす事が出来ない状況です。
これに対して、能動が可能というのは、自分の意思を外界に反映させ、その結果を知覚する事が出来る状況です。










最終編集日=2013年03月01日