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私の所に、全人類の代表として来ているらしい人、が来た。

その人の言うには、決定に対してそれを実現する力というものは、今や、何でも出来る、と言っても過言ではないレベルに達しているが、どの選択肢にも一長一短あって、自信を持った決定が出来ない、のだそうだ。

そこで、私に決定してほしい、というのだ。

理由は、最も頭の良い人に決めてもらう事に成った、みたいな事を言っていた。

その人は、社会について根本的な原理的な問題を教えてくれた上で、それぞれについてどちらを選ぶか私に尋ねた。

自由主義か社会主義か、という問題では、私は、自由主義を選択した。
現実の歴史で自由主義が存続し社会主義が滅びつつあるのは、それら自体の合理性と不合理性の故ではなく、私が自由主義を選んだからである。

世界をリードする国としては、アメリカ合衆国を指定した。
その時に、私の目の前に、アメリカ合衆国の国旗だけか、または、それを含む複数の国の国旗が印刷された紙袋が置かれていた。
私は、その紙袋を見ながら、答えた。
それは、父が万博から持ち帰った紙袋だったかもしれない。
私の答えを聞いた大人の一人が、なんでそんなろくでもない国を選ぶんだ、みたいな感想を言った。
それを聞いて、私は、ろくでもない場合のアメリカを頭に思い描き、少し頭が柔らかく成った。
また、ろくでもないという意見の方が偏っている気配、というものも感じられた。
その時の私には、特に深い考えがあったわけではなく、戦勝国だから優れているんだろう、ぐらいの事だった。

宗教については、まず、その存在を是認(これは強く勧められた)した上で、良く思い出せないが、キリスト教のカトリックではないか、と思う。
アメリカはプロテスタントの国なのに、ケネディ大統領がカトリックであるのは、そのためだ。

ケネディ大統領が、黒人の公民権獲得に尽力したのは、私が、平等についての話を聞いた際に、例外はいけない、と言ったためだ。
無理をさせてしまったのではないか、と気に成っている。
もっと良く思い出してみると、そうではなかった。
私が平等について例外はいけないと述べると、傍に居た大人(たぶん父か母)が「そういういう意見を述べている人が既に居るよ」と言ってケネディ大統領が演説している様子をテレビで私に見せた、のだった様な気がする。

人間には恐れというものが何としても必要だ、そうしなければ悪事に歯止めがかからなくなる、という事を言われ、大きな恐れを与える災厄を起こす決定を求められた。
これには、いまいち完全には納得できていないが、何か一つしてもらうが何にしますか、といった調子で、断れない感じだったので、アラスカの大地震かなにかを答えた気がする。
2009年に映画「THE 4TH KIND」を見た時、ああこれだ、と思った。
私の出生年は1967年だとされているが、アラスカ地震は1964年で、つじつまが合わない。
これは、私の本当の出生年は1964年なのではないか、とここを書きながら思った。

社会において何の力が最も強いか、という問いに対して、政治的な力が最も強い、と答えた。

人間の所作の中で最も顕著なのはテクノロジーだ、と答えた。

悪い奴らのオーナーに成れ、と言われた。
私は、悪いのなんて要らないよ、と言ったが、これは是非とも成ってもらう、みたいな感じだった。
私がオーナーに成らないと、誰がオーナーに成るか分からず危険だ、という話だったような。
しかし、それは、悪い奴らの存在という条件を固定して考えたらの話であって、悪い奴らがそもそも居なければ、誰がオーナーに成るか分からない、という問題は生じない。
そこで、なんで悪い奴らが居るのか、と反語的に尋ねたら、居るものは居るんだ、という風に言われた。
これも納得できなかった部分だ。
後年、ある宗教団体の人の話を聞いている時に、神は何故悪の存在を許しておられるのか、というテーマーが重んじられている事を知り、やはりここは問題なのだ、と思った。
手始めに、悪い奴らを使って悪い事をしてみよう、と言われて、一つ指示を出したら、数日後だったか、遠くで該当者が大怪我をしたというニュース、が入って来た。
それを聞くまで私は、相手が子細を察知して、自分の上にカミナリか何かが落ちて来るのではないか、という風に心配していた。








最終編集日=2017年04月18日