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2015年06月15日(月曜日)
自然災害幇助2

昨日の記事では、結論が出せませんでした。

昨日の記事で、池の周囲に転落防止の柵を設置する事は、もともとは自分の予定に入っていなかったので、転落事故を無くさない事を目的に柵の設置を予定に入れない事は、加害するために故意に自分の予定を変更する事には当たらない、と書いたが、これは間違いだった。

転落事故を無くさない事が目的から除外されたならば、池の周囲に転落防止の柵を設置する事を予定に追加したはずだ、という場合には、転落事故を無くさないために故意に自分の予定を変更した事に当たる。
故意という概念についての、2015年06月01日の記事での私の説明は、そういう意味です。

従って、池の柵の問題については、故意であるか否かが問題なのではなく、転落事故を無くさない事は加害なのか否かが問題のようだ。
それは、与益しないだけであって加害したのとは違うのではないか、という問題だ。

他者に損をさせる事を目的に故意に自分の予定を変更する事は法核への違反だ、というのが私の意見だが、他者に得をさせない事を目的に故意に自分の予定を変更する事は、カッコ良くは無いが、法核への違反とまで言えるかは疑問だ。

逸失利益という法律用語が有る事を聞き知った。
これは、得を出来なく成る事は損だ、という考え方だと思う。
この考え方で行くと、他者に得をさせない事を目的に故意に自分の予定を変更する事も、法核への違反に成るだろう。

昨日書いた様に、加害・被害の問題は法学の問題だが、与益・受益の問題は経済学の問題であり、自然災害幇助は後者で論じるのが正しい、という事なのかもしれない。
経済学でも、宇田経済学では、私は、どういう取引が正義に叶うかを明らかにしようとしているので、経済学は法学では有り得ない、という事は無い。
加害・被害は無き様に努めるべき事であるのに対して、予益・受益は任意である、という点が、両者の区別の本質だろう。

昨日は、最初からキチンと書こうとし過ぎて、結果的に、混迷に陥ってしまった。
今日は、キチンとでなくても良いから、昨日の記事を書き始める前から私が持っていた自然災害幇助のイメージを紹介しておく。
自分が迷わないためにも、理屈はそれを見ながら後で考える方が良い、と思った。







危険な高温高圧ガスが防壁で食い止められている。










特定の個人に狙いを定めて、防壁に穴が開けられている。

そこから高温高圧ガスが侵入し、狙われた人に吹き付け、そのせいで狙われた人は死んでしまう。

ホトンド、テッポウデ、ウッタ、ミタイナモン、ナノニ、コレデモ、ムザイ、ナノカ?

フコウヘイ、ダケ、ナノカ?
ソンナ、コトハ、ナイ、ハズダ。

防壁がAの物ならば、それ以外の人が穴を開ける事は、Aへの加害だと直ぐに分かる。
防壁が公共財であっても、穴を開ける事はAの権利を侵害する行ないだ、という事が容易に分かる。
問題なのは、防壁がA以外の人である場合だ。

高温高圧ガスに当たるのが本当に自然ならば、防壁の具体例は、医療だろう。
高温高圧ガスに当たるのが犯罪ならば、防壁の具体例は、警察だろう。