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2014年11月23日(日曜日)
私が陥れに引っ掛からなかった理由(13)

影武者が存在していた。

高校時代、同姓異名の同級生が居た。
この人は、英語塾でも毎回(=毎週)同席していた。
私の地方では知る人ぞ知る有名な塾だったが、個人宅での私塾だったので、収容人数は少なく、同じ部屋に同席する確率が結構大きい、という物ではなかった。
この人は、高校卒業時、校外でのお別れ会の様な会合の終わった後、去り際に、中学生の頃に私を敵視する不良少年達がしていた発語様式にそっくりの発語様式で、私に向かって「うだー」と叫んだ。
この発語様式は、「だ」にアクセントを置き「う」を弱く発音する物で、「だー」に近く聞こえ、咎める様なニュアンスを持つ。
高校生だった3年間の間ずっと我慢していた事をした、という風だった。
その人は、東京大学に進学して、卒業した様だ。

学生時代、東京都杉並区上井草に住んでいた頃、下宿近辺で、私に似た所がある年配男性がヨタヨタ歩いているのを何度も見た。
人相は、私のカッコ悪い所を寄せ集めた様な感じの人相だった。
学生時代には、それを見た私は、それを単なる老化だと思い、その意味で、自分の将来の姿を見せられている思いだ、という風に友人にコメントしたが、今思うと、攻撃を受けて衰弱している、と考えるとうなずけるような歩き方だった。
広島県福山市神辺町の現住所の近所にも、私に似ては居なかった、脚を悪くしたらしい様子の年配男性住民が居た。
その人は10年ぐらい前か、それ以上前に、引っ越して去って行った。
今思うと、間違いなく陥れ犯の攻撃によって脚を傷めたのだろう。

この下宿では晩期(私が引っ越して去る少し前)に、知らない人が見たらそれを私だと思うだろう、と私が感じた人が、敷地の出入り口付近で、感じの悪い挨拶発語をしているのを見た。
その感じの悪さは、まさに私の特徴を模倣したり誇張したり歪曲したりした物だと、その時の私はハッキリ感じた。
影武者ではなく、怒らせてエラーを出させようとしたパターンだったのかもしれないが。

数年前、福山駅の福塩線ホームで、おかまニュアンスの人が、私の近辺をウロウロしていた時期があった。
おかまニュアンスと言っただけでは伝わらないだろうから付言すると、着衣と携行品の組み合わせで、胸部に何かブラジャーを思わせる構造が、単なる膨らみだけとしてではなく出現しており、見るからに異常で気色悪い感じだった。
明らかに男性だった。

日本物理学会2014年春季大会の為の旅行中に、会場に行かず千葉県の私の旧住所付近を散策した日があった。
花見川沿いの遊歩道を貸し自転車で走行中、私の前をずっと、私と似た服装の人が私と同じ向きに自転車で走っていた。

ここ1ヶ月以内でも、精神病院の外来受診からの帰路、福塩線車両内に私の出で立ちに似た人が立っていた。

他にも有ったと思うが、今はこれ以上思い出せない。
思い出したら、日記で報告します。

影武者に共通するのは、それを見た人が悪い意味で安心する様な人物だ、という点だ。
この事は、陥れ犯が私に向けている倫理的批判の不当性の情況証拠だ。
悪い意味で安心する、という人選は、陥れ犯に攻撃の動機を作らない為の物だろう。
とすれば、陥れ犯の攻撃の真の動機は、そういう事であって、倫理的な理由などではない、という事だ。
見る人を悪い意味で安心させる様な人物に対しては、落ち度が無いから攻撃しない、という事なら、落ち度の無さの点で同様の人には、見る人を悪い意味で安心させる様な点を全く見付ける事が出来なくても、攻撃できないはずだ。

影武者の存在は、私が自己顕示に力を入れている理由の一つでもある。
影武者の存在を認識する様に成ってから、私は、自分の存在が無かった事にされる危険、というものを真剣に考える様に成り、それを阻止しようと務めている。
大沢たかお主演のテレビドラマ「JIN-仁-」で、主人公が後世の記録から消えている、という筋書きを見た。
その主人公は、劇中では「先生」と呼ばれていた。
私は、子供の頃、多分親からだったと思うが、大人から、談合的な意向に従う様に要請され、従わなければどう成るのか、と聞き返すと、談合的な意向に背くならば先生に成ってもらう、と言われた事がある。
これでは、オウム真理教の「ポア」と同じである。
談合的な意向というのは、現在の私が意訳して付けた言葉であり、当時言われたのは、そういう言葉ではなかった。