since 2003
イレコナビ サイトマップ
< 日記 >
< 2014年11月 >
< 15日 >
2014年11月15日(土曜日)
私が陥れに引っ掛からなかった理由(11)

私が、規則を杓子定規に捉える事に執着していた。
そのため、受ける印象が異常であったり実効が無視できなくても、私は犯人の行為を甘受・黙認した。
だから、陥れに引っ掛からなかった。

この件について私が今でも覚えているのは、
2013年05月23日の記事に書かれている件について、中学生だった当時の私が、ダンプによる危険追い抜きは、道路交通法上は正常だからしょうがない、と考えていた事だ。
しかし、そう考えた事自体が、これはどうなんだ、という風に私が疑問に思った事の証拠であり、事実大きな危険を感じたのも覚えている。
また、私は法律の専門家ではないので、道路交通法でどうなのか当時の私には分かるはずが無く、後で考えてみると、車両の幾何学的な配置や移動速度といった事以外に、危険を生じさせないように努力する義務といった物も、道路交通法には含まれているはずだ。
ダンプによる危険追い抜きは、それには違反している。

私が規則を杓子定規に捉える事に執着していた理由は、私の次の様な考えだ。
(1) 犯人の行為と表面的に同じ事なら、私もする事であり、それが禁止されるべきではない。
(2) 規則というものは、杓子定規に適用すれば行き詰まる様な物であっては、いけない。
(3) 本業の競争で優勝した際に、どの範囲の人に勝ったのかを、ハッキリさせておきたい。

(1)については、私は自動車免許を持っておらず分からないが、自動車免許を取得しても、2013年05月23日に書かれているような追い抜き方をダンプでする事は無い様な気もする。
(3)については、当該競争への参加者は、同一のルールの適用を受けている全ての人だ、という私の考え方を背景とします。
正確には、もっと不利なルールの適用を受けているのではない全ての人。

中学生の頃には、多分まだ考えていなかった事だが、一般相対性理論を学習してローカルアスペクト(局所原理)とグローバルアスペクト(大域原理)という2つの観点を知ると、本当は、局所原理の杓子定規な適用の結果の積み重ねが大域原理の適用結果に一致する様に局所原理を作る必要があるのだ、という事を考えるように成った。

これを、大域原理と局所原理の適用結果が食い違えば局所原理を優先させろ、というのが私の主張だ、という風に曲解されている感じを受ける事がある。

例えば、A君が拳を握って腕を振り上げてB君に殴り掛かる動作の準備部分だけを行ない、これに反応してB君がA君を実際に殴った、という場合を考える。

A君の態度としては、次の3つを考える。
(A-1) B君に自分を殴らせ、B君のその行為に暴行だという難癖を付けるつもりだった。
(A-2) 自分が本当に殴ってもB君は抵抗できない、と思っていた。
(A-3) 自分が実際には殴らない事をB君は知っている、と思っていた。

B君の態度としては、次の2つを考える。
(B-1) A君が本当に自分を殴ると思った。
(B-2) A君が実際には殴らない事、を知っていた。

大域原理(総合的判断)では、私の判定結果は次のごとくだ。
B-1 B-2
A-1 Aが悪く、
Bは悪くない
Aの方が
Bよりも悪い
A-2 Aが悪く、
Bは悪くない
Bの方が
Aよりも悪い
A-3 Aの過失であり、
Bは悪くない
Bが悪く
Aは悪くない


これと同じ結果を、はじき出す局所原理を作れるだろうか、という問題だ。
局所原理は、A, Bそれぞれに別々に、何をしてもよいか、何をしてはいけないか、というルールを定めた物だ。

中学生の頃の私の方が、総合的判断の結果をアタリマエの事として積極的に述べたのは、局所原理に還元する問題意識がまだ芽生えてなかったからだ。
したがって、それは、私が年々杓子定規でなく成って来ている、という事ではない。

ある時期から、こういう事を尋ねられた際に、私が「う〜ん」と考え込んで「分からない」と答える場合が出て来たのは、次の2つの理由による。
(4) 上の表の全体に思い至っていない事に気付き始めた。
(5) 上の表の外にある事によって結果が変わる事を考慮に入れた答えをしようと思い始めた。

(4)については、「とにかく一概に言う事は出来ず、細かな違いで結果は180度異なり得るだろう」という予想を伝えたかったが、予想に留めず例を挙げようとしてA-3×B-2の様な物を思い付こうとしたが即席では思い付かなかった。
中学生の頃は、多分まだ(4)(5)の態度には至っていなかった、と思う。

(5)については、BがAの私物を盗まずして盗んだかの様にAに見せかけ、Aが盗まれたと思って取り返しに来た所をとらえて、泥棒呼ばわりした、という難癖をAに付けるつもりだった場合、途中で気付いたAが機転を利かせて(A-1)の態度を取ったならば、A-1×B-1でも、Bが悪くAは悪くない。
つまり、こういう可能性を考えて行くと、可能性なんて幾らでも有り、キリが無いのである。
(5)が理由で答えなかった時は、上の表的にはBが正しい事がハッキリしていたケースだったので、答えなかった私の態度が誤解されている事を懸念している。

---

2014年11月02日の記事への補足
こういうのが、あった。
200911191959@自作フレーズ@動画@芸術
20091122_001@自作フレーズ@動画@芸術
こりゃあ、重症だわあ。

2014年11月13日の記事への補足。
「他人様の体に触れて・・・」というのは、嫌がらせ局面においての事ではなく、陥れて理由をコジツケた上で行なう、警察を悪用しての逮捕・投獄や精神病院を悪用しての投薬・監禁の事です。