since 2003
イレコナビ サイトマップ
< 日記 >
< 2014年11月 >
< 06日 >
2014年11月06日(木曜日)
私が陥れに引っ掛からなかった理由(5)

私の専門分野は、スピードが命の分野ではなかった。
成果を出せなくて当たり前、一生に一個出せれば十二分、という課題を私は人生のテーマに選んだ。

近年、行動速度を限界まで高めた際に、嫌がらせの迷惑度が除去の必要を感じるレベルまで高まる事、を確認した。

ここ数年は自動車による通行嫌がらせ(=凶器の振り回し)が常態化しているが、最近に成って何気なく、何十年も前にやっていた超遅速脱力歩行で散歩してみると、昔見慣れていた光景に再会した。
それは、交差点に私と同時に到着する事を狙って来た嫌がらせ車両がタイミングを合わせる事が出来ず空振り通過する光景だ。
昔はそういう風に解釈しなかったが、昔のアレはそうだったんだ、という風に、その時気付いた。

因みに、昔の私の超遅速脱力散歩は、机に向かっての勉強の行き詰まりを打破する手段であり、散歩を触媒として頭の中の反応を進行させる、というコンセプトに基づくものだった。
納得してもらう事は困難だが、それなりの効果はあった、と思っている。
背景が動く事が思考を強制的に前進させる、と思った。
これを見れば分かる様に、同じ歩行でも、私の目標設定の場合には、歩行自体が目的なので、速く歩く必要が無い。
これに対して、特定の場所に到着する事を目的とする歩行では、速度が問題に成って来る。
この違いが、通行嫌がらせの、効く効かない、の差を生むのである。

私の選んだ課題は、天才なら居さえすれば寝ている間ですら解決に向かって前進している、才能が無ければ昼夜を分かたず努力しても無駄、という種類の課題だった。
そのため、自分には才能が有るから成果が出るだろう、という自信と、無ければ急いだからといって出るものではない、という見切り、に基づいた落ち着いた態度が、嫌がらせに対する寛容さを生んだ。

近年限界まで行動速度を高めた事は、この傾向に対する例外であり、ここで大願を成就させねば後が無い、と思っての事だった。
火事場の馬鹿力の域に達していたかもしれない。
しかし、これが、
幼児期の去勢(比喩)前に私が持っていた本来の持ち味なのかもしれない。
(アイデアが)出る出ないの問題としては、これは、出た後の話だから、先述したスピード不要説に矛盾する物ではない。

実際に高速で
ルーチンをグルングルン回してみると、思わぬ効果があって、そのおかげで新しいアイデアが幾つも出た面があり、急いでも何も変わらない、という認識は間違っていたかもしれないが、それ以前には「急いでも何も変わらない」と考えていたから陥れに引っ掛かりにくかった、というのも事実だ。
ついでの話だが、どういう効果が有ったかと言うと、急いでない時には後でやろう後でやろうと思って何時まで経っても着手されない課題に、毎日少しづつでも触れる様に成り、複数の課題の進行状況が同時に継続的に把握され続け、その事が思わぬ突破口につながって行く、といった効果があった。

出る出ないの問題としては、2005年に
量子論の新文法を案出した段階で既に、出たという事が確定していた。
それまでは、のんびりだった。
わたし的には、これは間違いなく重要なアイデアなので後は他の人でやってくれ、という気持ちだったが、誰も取り上げてくれないので、あれ?分からないのかな、と思って、その後自分で発展させている。
行動速度を限界まで高めたのは、新文法の理論を自分で発展させている時期だ。
死ぬまでにどれだけ出来るか、という事を考えてしまった。
分からないのではなくて白を切り通すつもりだ、という風に感じたので、認めざるを得ない所まで持って行く必要があった。
また、死ぬまでに
物理学正典の補足説明欄が完成しない様でもいけない。