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2014年11月02日(日曜日)
私が陥れに引っ掛からなかった理由(2)

特異体質。

今日は、私が陥れに引っ掛からなかった理由として、私が特異体質だからなのではないか、という可能性を取り上げます。
この可能性は、他の理由と比較して不確実であり、
神話@プロフィールに書く方が良いかもしれない様な物です。

特異体質だ、というのは主に、騒音による攻撃に対して鈍感だ、という意味です。

これについては、次の様な記憶があります。

学生時代、講義の行われていない大教室の椅子に座って自習していると、友人数人がやって来て「周囲がこんなにうるさいのに、こんな状況でよく自習できるね」と言って、私の鈍感さに呆れた。
文字で書いただけでは伝わらないかもしれないが、それら友人の反応は真性だった事を、私はハッキリと記憶している。

たぶん学生時代に、東京でだったか、実家でだったか、空き地で空手の練習をした後、徒歩で帰る途中に、近所のおばさんから「あなたは、周りの事が気に成らなくて、良いね」と言われ、周囲に意識を向けると、確かに盛んに作業騒音が出されていたが、特にどうとは思わなかったので、ニコニコと「はい」と答えて去った。

福山市沖野上町に住んでいた頃(小学生時代)に、近所の民家からフトン叩きの音が聞こえて来たり、ヘリコプターの飛行音が聞こえて来た際に、草刈音について昨日の記事に書いた様な感じ方を、私はした。
それ以来これらの音は、天気の良い日に縁側で日なたぼっこ、を連想する様な音として、私の好きな音に成った。
しかし、フトン叩きについては、おそらく、2005年04月に犯人が逮捕され2007年に最高裁で実刑判決が確定した奈良騒音傷害事件で、犯人が用いた手口の一つと同種の物だったのだろう。
航空機も、近年の物は明らかに私に対して来ている、と私は認識しており、同種の物が、当時既に来ていたのだろう。

記憶が不鮮明だが、本当にそうだったなら決定的に重要な事として、生まれて間も無くまだ寝たきりだったかもしれない頃の幼児の私に、ある時、遠方からビルの基礎の杭打ちの様な音が聞こえ始めた。
これに対して苦痛を訴えた私に、両親以外のある大人が「この音が気に成らない様にしてやろうか?」と持ちかけた。
対処は私の側がすべきものではなく発音者がすべきだ、という点で納得出来ない気持ちが残ったが、私は「してくれ」と答えた。
何をどうしてもらったか全く覚えていないが、幼児期の記憶として、そういう種類の杭打ちの音は、心地よい音として記憶に残っている。

何をされたかについては、これとは別だったのかもしれないが、幼少期に‘チリゲを切る’という施術をされた事がある、という事はハッキリと断言できる。
国道2号線に南から隣接する小さな民間の医療機関だった様な記憶が、ぼんやりと残っています。
表現は間違いなく「ちりげをきる」でした。
私の父母は、汚血を首背面から抜く、といった様な事を、私に言っていた様な気がします。
インターネットで調べると、鍼灸治療の中に「虫切りの鍼」とか「ちりげの灸」と呼ばれる物があり、これは、夜泣き・疳虫に対する治療法だと分かりました。
疳虫については、小児神経症、泣きやすい、驚きやすい、怒りやすい、指しゃぶり、偏食、といった事が挙げられていました。

今考えてみると、これらは精神病の症状に似ています。
近年私が問題にしている精神科医療制度の悪用という物は、精神病が思春期以降の物だと認識されている事から、幼児には適用できないので、その対幼児版として、鍼灸医療制度の悪用という物が用意されている可能性がある。
そういう事があれば、それをしっかりと撲滅する事が必要である。

最近で言うと、大阪市淀川区で2014年06月、「赤ちゃんの免疫力を高める」などとうたうNPO法人代表の女性から、首を強くひねるなどの施術を受けた神戸市の男児(生後4か月)が途中で意識不明になり、その後死亡した、という事件がありますが、これや、最近話題に成っている就学前行方不明児多発問題に、一脈通じる所があるのかもしれません。

チリゲを切られるに至った経緯としては、脅かされ、カンシャク様の反応を示し、これは疳虫だからチリゲを切る必要がある、という風に持って行かれた様な気もします。
これも、精神科医療を悪用した陥れの手口と相似です。
これについては、ブルース・リーの怪鳥音が、カンシャク様の反応を示した時の私の声に由来する、という、もっと神話的な可能性に私は思い至っています。

幼児期の話については、記憶が曖昧です。
神話に書く方が良いかもしれないのは、この部分です。

さて、私の少年時代には、ネクラという言葉が普及していました。
根が暗い、あるいは、根っから暗い、という意味です。
少年時代に、私は自分をネクラだと思った事はありませんでしたが、自分の好きな音楽がそういう傾向を持っているのも事実です。
誰にとってもネクラな音楽は明るい音楽よりも上等な音楽だろう、という風に思う傾向が私にはありますが、そうとは限らないだろう、という事にいつ頃からか気付き始めました。
とすると、ネクラな音楽が好きな私はネクラなのかもしれない。
私は自分では自分の事をネクラだとは思っていませんでしたが、少年時代を過ぎた後で少年時代の私の事を尋ねられた人がネクラだったと答えた、という話を伝聞した事があった様な気がする。

ネクラで気分が常時ブルーだと、騒音に対する反応が鈍いだろう。

そして、私が特異体質だとすると、それはおそらく、幼児期に騒音が気に成らない様に施術された事が原因であって、生まれつきではない、と思う。

精神科治療にしても疳虫治療にしても、鋭敏な者を鈍化させるわけであり、治療によって、何らかの面で性能の低下が生じる。
その部分を私は問題視する。
私の場合、もし今死んだとしても私以上の世代の人はもう誰も死ぬまでに私の業績を超える事は出来ないだろう、というだけの事を既に成し遂げる事が出来たが、それでも、性能を低下させられなかったらもっと出来ていたなら、その分については構わない、とは全然思わない。