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2014年08月12日(火曜日)
市場取引ギャンブル(宇田経済学の話の続き)

取引窓利用による負担の減少率を馬券のオッズに例えて、負担の減少率の期待値を計算してみる。
購入した馬券が的中した場合の払戻金は多ければ多いほど良いが、自給自足で生産していたのと同じだけ購入する為のカネを稼ぐために売る益を生産する際に負う負担は、小さければ小さいほど良い。

馬券の場合には、簡単のために胴元が全く手数料を取らないとすると、資金が購入者の間で移動するだけだから、払戻金の期待値は賭け金に等しく成る。
これに対して、取引窓利用の場合は、参加者各位が他者に比べて自分の方が負担率の低い益種格を選択的に生産・供給するため、負担の期待値は自給自足の場合に比べて小さく成る、と考えられる。
この事から考えると、負担率が益種格のみに依存して個人に依存しない場合には、負担の期待値は自給自足の場合と同じに成る、事が予想される。

まず、負担率が益種格のみに依存し個人に依存しない場合を考える。
益種格αiの負担率をLiとし、価値にしてfだけ売れる確率密度をπi(f)とする。
各iに対して、αiを価値にしてfiだけ生産すると、総負担はΣiLifiと成り、総売上の期待値は価値にしてΣi0fidf fπi(f)だ。
自給自足ではαiを価値にしてf0iだけ生産していたとすると、その時の総負担はΣiLif0iであり、生産された価値の合計はΣif0iだ。
f01, f02, ・・・が何であっても、Σi0fi df fπi(f) =Σif0i かつ ΣiLifi = ΣiLif0i である様なf1, f2, ・・・が存在する、という事が導き出される様にπiの関数形を決める事が出来るのではないか。
そして、そのπiが、実際の確率密度への予想値の中で‘まあそんなもんだろうなあ’と言われるべき物だろう。
一般のf1, f2, ・・・に対しては、Σi0fi df fπi(f) =Σif0i ならば ΣiLifi ≧ ΣiLif0i と成るだろう。

そうしておいた上で負担率の個人差を反映させると、負担の期待値が自給自足の場合の負担よりも小さく成る事を示せるのではないか。

馬券の場合に的中確率が1÷(オッズ)だった事を参考にして、1/Liを馬券のオッズの様に考えて、πi(f)=cLi/fと置いてみる。
これは、fで積分すると発散するので、その点が不正確だが、幸い定積分の中で用いられるので、それなりに役立つだろう。
πi(f)=cLi/fと置くと、Σi0fi df fπi(f) =cΣifiLi だから、Σi0fi df fπi(f) =Σif0i という条件は、
ifiLi = Σif0i
という形に書き直せる。
この条件が ΣiLifi = ΣiLif0i と両立するのは、Σif0i = cΣiLif0i と成る場合だから、
c =(Σif0i)/(ΣiLif0i)
∴πi(f)=[(Σkf0k)/(ΣsLsf0s)]Li/f
おっと、ノーベル経済学賞か?

f1, f2, ・・・の選び方に依らず常にΣiLifi = ΣiLif0i と成った。
一般にはΣiLifi ≧ ΣiLif0i だろう、という予想は外れた。

馬券の確率論については
2011年09月12日の記事に書かれています。

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昨日の記事への補足。
定期使用可能性という益は、上限を定めての物でなければいけない。
上限は、益の内容で定める必要が有り、負担の内容で定めてはいけない。
負担の内容で定める上限は、法的な公定上限であるべきであって、私的な契約内容には、そういう上限は含まれてはいけない。
もちろん、私的な契約の中の法律に違反する部分は無効である。
契約での上限が負担の内容で定められていると生物量の多い人ほど損をする、という事は分かり易い。
負担の上限を益の内容で定めても、使用者が購入するのは可能性だから、使用するしないの決定でエコヒイキすれば、生物量の多い人に不公平な害を及ぼす事が出来てしまうが、歯止めには成る。
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宇田経済学@持論@学問