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2014年04月29日(火曜日)
綺麗な図柄の入ったコップ(宇田経済学の話の続き)

我々の住んでいる実社会では、コップにはたいてい図柄が入っている。
必需品という事で言えば、コップは必需品だが図柄は必需品ではない。
もっと突き詰めると、飯碗もコップも味噌汁椀も皿も全部単一の容器を複数個用意するだけでも、絶対に生活できないとは言えないので、容器の種類の多さも必需ではない。

さて、綺麗な図柄の入ったコップや非常に美味しいブランド米という物を消費者が購入する事は、必需品と非必需品をセットで購入する事であり、従って、支払いには赤銭と青銭の両方が必要だと思われる。
米は必需品だが、非常に美味しいという属性は必需ではない。

必需品が非必需品とセットでしか販売されていない事は、2色銭経済の以下の理念に反する。
(1)青銭での購入は全くの、好き好んで、でなければいけない。
(2)必需品は赤銭だけで買えなければいけない。
(3)必需品の生産は障害者の一歩手前と言える程の低能力でも出来なければいけない。

(1)については、セット販売では、もてない青系生産者が自分の製品を消費者に強制的に買わせてしまっている場合がある事に成る。
これは、青系生産者としては競争力が足りないくせに、赤銭収入だけでは不満な人が、分不相応にも青銭生産者並のレベルの経済生活をしたいと考え、同業者結託してのセット販売という不正手法を用いてマンマとそれを達成し、その上、実質上は青系生産者モドキのくせに赤系生産者を名乗り、青系生産者への筋違いな敵意を向けられる事から逃れ、場合によっては自分も一緒に成って青系生産者に筋違いな非難をしている、というのが実態である場合の多さを示唆している。

(2)については、セット販売では、必需品を買うのに青銭も必要に成ってしまう。

(3)については、セット販売では、赤系生産者が、こんなに大変な仕事です、他の人には無理です、という風に職務追行能力の下限を吊り上げて、労働市場での市場独占を図っている、という事が言える。