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2014年04月26日(土曜日)
2色銭経済の特性(宇田経済学の話の続き)

2014年04月23日の記事の続き、を書きます。

まず、赤銭経済の義務・権利的性格の詳細を、少し考えました。

赤銭で支払いを受ける与益は、障害者の一方手前ぐらいまで低能力の人でもこなせる物でなければいけない。
所持赤銭が負で絶対値が一定以上に成ったら、赤銭で支払いを受ける与益をする事が義務でありかつ権利である。
赤銭を遺産相続できない事が赤銭で支払われる必需益の負債の返済意志喪失に繋がらない様に、赤銭経済の義務を定める必要が有る。

今日の本論である2色銭経済の特性を、以下に書きます。

2014年04月23日の記事では、赤銭と青銭が互いに他に対して結託しての不買を掛ければ赤銭が勝ち青銭の相場は暴落するだろう、と書きましたが、その後、以下の点に気付きました。

(1)青銭所有者が両替を通してしか赤銭を入手できないなら結託しての不買では赤銭が青銭に勝つが、青銭所有者も赤銭を自分で稼げるので、青銭暴落は起きず青銭相場は維持される。
これに対して、現行の単色銭自由市場経済では、赤銭で収入を得る職業への就職が権利化されて保証されていない。

(2)相続時に赤銭を青銭に両替する必要が生じ、これが青銭の相場を押し上げる。

この他にも、2色銭経済には、以下の様な特性が有るだろう、と思われます。

(3)青銭で収入を得る職業の人も、売れない時は赤銭で収入を得るアルバイトすればよいので、究極的な失業の恐れは無い。

(4)青銭経済の経済規模が赤銭経済の経済規模をはるかに上回り、青銭支出は青銭収入でしか賄われ難い、という状況に成る事は、大いに有り得る。
赤銭経済はしょぼしょぼチョビチョビ鉄道で言うと鈍行の様に、青銭経済は派手にドバーっと新幹線の様に。
この状況が、
もてる人だけ集まってよろしくやる、という状況だ。
そうだとすると、
2014年02月27日の記事2014年03月01日の記事で述べた「何が何でも」は、赤銭で買え、という物である点で、非常に歪んでいる事に成る。
この歪みが、1色銭経済では、青銭で支払われる与益に相当する職業でプロに成る事を極度に困難にし、その高いハードルを乗り越えてすら、赤銭で支払われる与益を職業とする人に、青銭で支払われる与益を職業としている人は居候だ、という間違った非難をする口実を与えてしまっている。

(5)青銭経済の経済規模が赤銭経済の経済規模を遥かに上回っても、赤銭所有者には、赤銭で青銭を買わざるを得ない事情は全く生じず、札びらで頬を打たれる心配は無い。
赤銭で青銭を買うのは、実利的には、あくまで、好き好んで、という理由でだけだ。
名誉的には、馬鹿にされたくない、などの理由も有り得るが。
この事が、斥力ゼロを保証する。(参考:
2014年01月27日の記事)

(6)赤銭で支払いを受ける与益業務は馬鹿にされ、青銭で支払いを受ける与益業務は功名を競う分野と成る。

(7)必要の積み上げで義務を定めてみると、赤銭経済に関わる義務は、現行の1色銭自由市場経済での実質上の義務に比べて遥かに軽微である事が、判明するだろう。
この事は、現行の1色銭自由市場経済が、赤銭経済に関わる義務を実際より大きく言い掛かって吹っ掛け、青銭で支払いを受ける与益活動の足を引っ張り、もてない人が結託して、もてる人のチャームポイントを殺す手段を提供している、という事の証拠と成るだろう。(参考:
2014年01月29日の記事)
義務は必要によって生じるので、必要を超える義務は直ちに不当であり、その義務を置く事は侵略である。
赤銭経済は必需益経済だから、それは必要と義務の話である。


宇田経済学@持論@学問