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2014年04月20日(日曜日)
笹井副センター長の説明に欠点は無かった

2014年04月16日にテレビの生中継で、理化学研究所の笹井芳樹・副センター長の会見を視聴した。
特集番組ではなかったので、会見の途中で別の話題に切り替わってしまったが、そこまでは見た。

私による評価は、笹井教授の説明は非常にシッカリしていて信憑性が高い、という物です。
私が見付ける事の出来た欠点は、冒頭にほんの少しだけロレツが回らない部分が有った事だけだった。

ネットでもテレビでも異口同音に、笹井教授の説明は言い訳じみていた、とコメントされている事が不審に思われ、その事が逆にSTAP派の正当性の証拠であるかの様に感じられる。

私の見た中継の切れ方も、これ以上見せるとSTAP派の言い分が嘘ではない事が視聴者に分かってしまうのでこれ以上は続けられない、という風に見えた。

最後の2ヶ月程度しか関わらなかった事については、過去に一度却下された論文を却下されない様に改善する、という関わり方だったから、という理由付けがなされ、私は、これを自然な事だと思う。

論文の筆頭著者は小保方晴子とされているそうだから、笹井教授は、論文の執筆に最後の2ヶ月程度しか関わらなくても、業績の横取りには成らない。
また、査読のボーダーラインを越えさせるという貢献は、著者に名を連ねるに足りない程の小さ過ぎる貢献でもない。

笹井教授が小保方博士の実験ノートをチェックしなかった事については、小保方博士は笹井教授の直属の部下ではなかったから、という理由付けがなされ、私は、それが自然である様な人間関係という物も有り得る、と思った。

「STAP現象の存在を前提にしないと容易には説明できないデータが存在する事を確認した」という表現は、科学実験は仮説を反証する事は出来るが立証する事は出来ない、という科学論上の認識を正しく反映した、立派な表現であり、これは、今までSTAP細胞は存在すると言って来た事は勇み足であった、という意味の主張後退発言ではなく、STAP細胞が存在する事を確認した、という文を科学論的に厳密な形に言い直した物、と見なされるべきものだ。
「STAP細胞」とは言わず「STAP現象」と言い直されている点についても、物よりも事の方が基礎的な概念である、という哲学上の認識を踏まえて、同じ内容をモノ語で言わずコト語で言った、という事ではないか、と私は思っています。

動画データが改ざん・捏造の困難な物で、これの証拠能力が高い、という証言は重要だ、と思った。

この様に、門外漢の私には、欠点を見付ける事は出来ず、むしろ笹井教授の言う事が本当っぽく感じられたが、専門的には次の様な反論もあるようです。
STAP細部を前提にしないと説明できない?