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2014年03月18日(火曜日)
負担派と与益派の違いを寓話で説明(宇田経済学の話の続き)

Googleで検索してみて、私の日記記事の中で
2013年08月31日の記事が最も注目を集めているらしい事、が分かった。

 

そこで今日は、この記事への補足として、負担派と与益派の活動様式の違いを端的に表す寓話を書きます。

大きな屋敷に住んでいる家族が小さな貴重品を紛失してしまって、それをみんなで手分けして探す事に成った場合の話です。
まず最初に思い当たる所を探してみましたが、ある程度探しても見付かりませんでした。
そこで、みんなで手分けして、屋敷の隅から隅までシラミツブシに探す事にしました。
全ての引き出しの中身を出して調べる、という事や、全ての絨毯を剥がして調べる、という事を、です。
これだと、屋敷の全体を探索するには1年間掛かります。
家族の中に1人だけ、その作業に加わらず、どこに置いたか思い出すまで俺は考える、という人が居ました。
シラミツブシに探す作業をする人が負担派で、思い出すまで考える人が与益派です。
与益派の人は、負担派の人が作業している間、椅子に座ってボーッとしたり、散歩に出たり、していました。
そして、ある日、与益派の人が「分かったぞ」と言いながら散歩から帰って来ました。
そして、みんなで与益派の人の言う場所を探してみると、そこから探していた貴重品が出て来ました。
与益派と負担派の違いは、こういう違いです。

2013年08月31日の記事の中の「一瞬にして何年分も年を取る」という言い方はチョッとどうかなあ、と思ったので、説明し直します。
これは、作業に参加するか思い出すまで考えるか各自に自由に選択させても、大抵の人は自分の意志で作業への参加を選ぶ、という事です。
それは、思い出せない事を思い出そうとする時の心理的負担(とても嫌な不快な感覚)に負ける、作業の方が楽だ、と考えるからです。
また、考えれば分かる見込みの有る人と、考えても分かる見込みの無い人が、居ます。
見込みが無ければ、その事を理由に、作業の方を選ぶでしょう。

さて、状況を以上のごとく設定しておくと、次の様な見切りが出て来ます。
・負担派が与益派を、仕事をせずに遊んでいる、といって侮辱および非難する事は間違っている。
・与益派に成る選択の倫理的是非は、見込みのある人であるか否か、で決まる。
・与益派が与益に成功した場合、それは負担派よりもカッコ良く、それによって負担派は恥をかき、役立たずに見える。
・負担派と与益派のカッコ良さの違いは、数学の難問を泥臭い方法で多量の計算をして解くかスマートな解放で少量の計算で解くかの違いに似ていて、対象に直に手を触れずに解決する、真空投げ(柔道一直線という漫画に多分そういう意味で出て来る)の様なニュアンスが、与益派の真骨頂です。
・負担派は多人数で手分けして時間も多く掛けているので報酬も山分けと成り時給も低く成るが、与益派は1人で短時間で解決したので、それよりずっと多くもらえる。
・こうして、与益に成功した場合の与益派は、カッコ良さ、倫理性、もうけ、の全ての点で負担派を凌駕し、良い事づくめである。


宇田経済学@持論@学問