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2013年11月18日(月曜日)
民事は私事である(宇田経済学の話の続き)

民事という言葉の正確な意味は、私は知りません。
大体そんな事だろう、という認識に基づいて書きます。

経済活動は、自給自足からの等価な置き換えであるから、どこにも不公正が存在しなければ、それは各個人にとって私事である。

したがって、人が嫌がる仕事を引き受けてやってるから好き勝手やってる人よりも俺は偉いんだ、という価値観を、好き勝手やってる人に強制する権利は無い。
そういう価値観については、自己満足に止めておくか、他者が自分からそういう風に思ってくれる事(そういう事があるという保証は無い)の中に喜びを見出す、しかない。
私は、自分のして来た事を大抵の他人のよりも偉い、と思っているが、この道理はわきまえているつもりだ。

感謝しろ、という主張についても同様であり、その内容が、お前はした以上の事をしてもらっている物と心得よ、という意味なら、不当な要求である。
自由市場方式での取引は、納得づくの取引であり、してもらった以上の事をさせられた、という不満が片方に残る様な取引は、嫌ならするな、したなら後で文句を言うな、という事である。
感謝という言葉には色々な意味があり、その一々を全て否定するものではないが。
自分以外の人も居て良かったなあ、みんな、居てくれてありがとう、というのも感謝だし、子供にお使いを頼んで、後で「有難う」と言うのも感謝だ。

お前はした以上の事をしてもらっている物と心得よ、という意味で感謝しろと言っておきながら、それに難色を示されると、感謝の意味を勝手に感謝一般にまで広げて、こいつは感謝をしない不届きな奴だ、と難癖をつけ始める者が居るが、以上の理由によって、そういう者の方が不届きである。

また公道で、俺は仕事で走ってるんだから遊びで走ってるお前は道を譲れ、という主張も間違いである。
仕事の分は報酬として受け取るべきであり、通りすがりの者から受け取るべき物ではない。

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昨日の記事への補足。

回避可能な危険を故意に生ぜしめ交通事故が起きたという事実をでっち上げる行為が横行している、と私は認識している。
これは保険会社への攻撃ではないか、という風に私は強く疑っている。
何年か前に、保険会社の保険金の不払い等が問題に成っていたが、これは、保険会社がそういう攻撃を受けて業績が悪化して倒産するのを防ぐために違反行為に走ってしまった物だったのではないか。