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2013年01月05日(土曜日)
女子アナ人身事故の背景
最初に、2013年01月03日の記事に書き忘れた事を書かせて下さい。
それは、子供時代の自分の像を思い浮かべた時にはデジャヴュ感が伴う、という事です。

さて、ここからは今日の話題です。
元フジテレビアナウンサーのフリーアナウンサー千野志麻さんが、2013年01月02日に、静岡県沼津市足高の駐車場内で、歩いている男性(38才)を乗用車ではね死亡させた事件の知らせを聞いて、私は、横山やすしさんの事件を思い出した。

1989年04月17日大阪市淀川区新高1丁目の路上で、漫才師の横山やすしさんの車が赤信号を無理に右折し、ミニバイクと衝突した、とされる事件だ。
この事件で横山やすしは芸能生命を絶たれた、とされる。

他にも、1996年08月09日に、タレントの大竹まことさんの運転する乗用車が、東京都杉並区高井戸にある環状8号と五日市街道の交差点で、中型オートバイと出会い頭に衝突し、オートバイに乗っていた男女のうちの男性が亡くなった事件を思い出す。

最近では、NHKキャスターの国谷裕子さんが、2010年08月01日に、東京都目黒区の区道で乗用車を運転中、信号待ちで停車していた乗用車の後部に追突した事件が、思い浮かぶ。

私は、どれも本当に事故なのか非常に疑わしい、と思っている。
有名人に対して加害させる攻撃が仕掛けられている、と思う。
だから有名人は違反をしても不問に付されるべきだ、という意見を子供の頃に聞いた事があるが、聞いた当時から私はその意見に反対で、今でも反対だ。
その理由は、一つには、例外的かつ軽犯罪レベルでも有名人の横暴というものがあれば、それは責められるべきだからであり、もう一つには、有名人のした違反を不問に付すと加害させる攻撃を仕掛けた者のその行為まで不問に付されてしまい、それではいけないからだ。

最近では私にも、非常に高い頻度と悪質さで同様の攻撃が自分の身に降りかかって来るので、これはいけない、という事が実感として分かる。
本日昼にも、シティサイクルでコンビニに行った帰り道で、自転車に乗った子供が私に対して当たり屋ターンをした。
また、私が自分でロード自転車でサイクリングしている時にも、父の自動車の助手席に乗せられている時にも、前の自動車が左右折や対向車への譲歩といった口実を作った上で急減速し追突させようとする事は、一つの典型例として存在する。

私が父の自動車の助手席に乗せられている時に、自転車が当てさせようとする挙動を示した事もある。
その中で最も顕著な実例として、2012年09月18日に学会からの帰路、福山駅から自宅まで父の自動車の助手席に乗せられて移動している時の事件が挙げられる。
それは18時台に、ビッグ・ローズ(ふくやま産業交流館)の北に隣接する道路を東進後右折して、ビッグ・ローズの東に隣接する道路に入って直ぐの事だった。
辺りは真っ暗だった。
見え難い自転車が左に寄らず私と同じ車線を微妙によろけながら遅速で私と同じ向きに走行しているのが前方にチラッと瞬間的に見えた。
父も気付いただろう、と思い黙っていると、父がエンジンを唸らせてまるでその自転車にぶつけようとでもするかの様な激しい不審急加速をしたので、私は「前に自転車が居るよ」と父に忠告した。
それを聞いて父が減速したので、事故は起こらなかった。
事故は起こらなかったが、かなり際どかった。
もしぶつかっていたら、自転車の人が死んでいた可能性は十分にあった。
(だから、相手が死んだから相手は当たり屋ではない、という論法は成り立たない)
その時自転車の前に自動車が見えていたが、交差点を左折後R486を走行中に、それがパトカーである事に気付いた。
その事を父に言うと父は気付かないふりをしたが、その後の接近の際に、それがパトカーである事を、父も認めた。
パトカーと自転車と父が結託して私を事故に巻き込もうとしていたらしい。
自転車は、反射板の有無や保守状態やペダル角度によって、見え難くアレンジされていた疑いがある。
そのぐらい見え難かった。
ふらふら走る事によって反射板がヘッドライトの光を真後ろに反射する時間を最小化していた、のではないか。
また、自転車に乗っている人も、自転車の反射板以外の車体も、不自然に見え難かった。
ヘッドライトを点けた自動車に乗って後ろから近付けば、普通はもっと良く見えるはずだ。
パトカーは「たまたまそこに居合わせて・・・」という風に持って行こうとしていたのだろうが、たまたま居合わせるわけがない。
この事件には私は非常に腹を立てている。
学会の帰り、という所が、大竹まことさんのケースに似ている。
学会では私は随分と立派な事を言って来たつもりだから、その分立派でない事をさせてやろう、という風に企まれた気がする。
あるいは、私の学会での発表の内容が気に入らない者の報復とか、私の学会での発表の内容を不都合とする者がその真実性を低下させようとしたもの、かもしれない。
いずれにも正当性が無い。

加害させる攻撃は、究極的には攻撃された人を殺す事を目的としているので凶悪犯罪であり、無かった事にさせようなんて、そんな甘えを通用させてはいけないのだ。

千野志麻さんの境遇が今後どう推移するか、それを見守る必要があろう。
横山やすしさんのような事後経過を辿ったならば、それが犯人にとっての狙いだった、という事だ。
ここに私がこう書いたから、これを犯人が読めるので、そう成らなくても、そうではないとは限らない。