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2012年09月06日(木曜日)
盗撮教師とイジメ問題
学校での教師による女生徒盗撮事件の中には、イジメ行為の証拠をビデオで撮ろうとした善意の教師が、陥れられて盗撮犯として追放されているケースが含まれていそうだ、と思う。

これは必ずしも、その教師が違法な盗撮を行なっていないのに濡れ衣を着せられた、という事を主張するものではない。
最初はイジメ行為の証拠を撮るために学校にビデオを持ち込んだが、持ち込む事によって盗撮までの心理的な距離が近く成ってしまって、仕掛けられた誘惑に負けて盗撮をしてしまった、という可能性も考えられる。
実際に違法な盗撮が行なわれた場合には、本人が後で何を言っても、それを見苦しい言い訳として封じ込め易く成る。

イジメ行為の予期される場所で、無人で回っているカメラの前に、それとは知らない女生徒を行かせて着替えさせ、後で、撮影内容を検めさせてもらいます、と言う手口も考えられる。

イジメ行為を撮影しようと思ったら必然的にエロ風景も同時に写ってしまう場合、そのビデオ・ファイルの認定において恣意的に、イジメの証拠だとの言い分を退け、盗撮だと難癖を付ける、という可能性も考えられる。

2011年04月21日、自宅の南の駐車場(母または母の親族が所有。Google地図での位置=34.559234,133.404289)敷地内に、数人の子供が、自転車で侵入し、停めてある自動車(私のでも私の親族のでもない)に接近して、中を覗き込むなど、自動車に危害を加える可能性を私に感じさせる挙動を、示した。
これを見て私は、今度来たらビデオに撮ってやろう、という風に心構えをした。
そして、その後数分以内に、2011年04月21日15時36分ごろ、再度子供たちが来て同様の挙動を示したので、それをビデオに撮った。
ただし、去り際しか撮れなかった。
不審な事に、子供たちの服装は、1度目に来た時と2度目に来た時とで異なっていた。
私の目には、同じ人々が異なる服装で再来した、という風に映ったが、ひょっとすると異なる人が来たのかもしれない。
服装変更と2人乗りから、私は、暴走族を連想した。
私が、外には障害物がある状態で室内から撮影した、にもかかわらず、子供たちは、直ぐに私の撮影行為に気付き、近所の大人に私の行為を告げ口に行った。
すると、近所の大人が怒鳴り込んで来た。
この大人は、
2012年07月29日の記事の末尾に書かれている会社で私の最も近くで働いていた正社員Kに、何故か似ていた。
因みに、似ているのは偶然ではない、と私は思っている。
私は、この事件の成り行きを見て、その子供たちが、大人を怒鳴り込ませるための口実として、私に見える所で故意に、放っておけない、と私に感じさせる様な行為をしたのだ、と分かった。
ビデオを撮らせてそれを咎める(正当性は無い)、という所まで的を絞り込んではいなかったかもしれないが、私がビデオを撮っている事に子供たちが直ぐに気付いた事と、悪い意味での対処の迅速さと的確さから、そう言える。
この件では私は、むしろ、相手はビデオを撮られようとはしていなかった、と思った。
私が歩いて行って口頭で注意をする所に言い掛かり(たとえば大人が子供をいじめている等)の付け所を見出そうとしているだろうから、その裏をかいてやれ、と思ってビデオ撮影をした。
そして、怒鳴り込んで来た大人の態度や、そこへつなげる子供たちの悪い意味での手際の良さから、この類の人々にとってビデオ撮影は何であるか、という事が感じ取られた。
物証を残さない様に悪行をして後は白を切り通す、という手法が、家庭用ビデオカメラの出現によって大きく脅かされており、それを深刻に受け止めて、子供たちにも、ビデオにだけは撮られるな、とキツく言い聞かせてあり、万一撮られた時には自分達だけで対処しようとせず直ぐに大人に相談せよ、という風に言い聞かせてある、という事が透けて見えた。
こういう事件を経験したので私には、イジメの証拠ビデオを撮る行為に対して、イジメ肯定派の側から為し得る限りの反攻が為されている事は、容易に想像できる。

上記の事件があってから、私は、携帯電話を使用する時には、盗撮の嫌疑を掛けられる恐れの無い方法で操作する様に、心掛けている。
具体的に言うと、これは、携帯電話を、ビデオ撮影や写真撮影をする時の向きに、向けない、という事だ。
実際、上記の事件後しばらくは、私が携帯電話を操作している時に前を女性が通る事が多く成った、という風に実感した。
もし盗撮の嫌疑を掛けられたら、上記の事件についても事後的に、アレもそうだったんだよ、という風に巻き返される恐れがある。
そういう事をする奴らは、陥れる事もするが、逆に、やったのに陥れられたと言ってシクシク泣く事もするからだ。

2011年04月21日のこの事件については、また機を改めて書き直すかもしれないが、ただの子供の戯れを私が誇悪に表現している、という風に思われるといけないので、少し付け加えると、この事件には前触れがあり、駐車場敷地への子供たちの侵入の前に、屋内に居た私に屋外から、子供に対して子供が「返せ、返せ」と言うのが聞こえ、私が屋外に出てみると、子供たちは、怒鳴り込んで来た大人の家の周りに集合しており、そこから非難、侮辱、威嚇、挑発のニュアンスを合わせ持った「お前だ」という言葉を方言にしたものを私に向かって何度か吐いた。
こういう罵声は、私が子供の頃には私の周りに蔓延していたが、もう何十年も聞いていない。
これを聞く事によって、子供時代に常時感じていた不快感、恐怖感、憤りがフラッシュバックし、さらに、私が大人に成ってまで言って来る事に呆れた。

ついでに、参考までに、もう一つ挙げておく。
これは、2011年04月21日の事件とは直接は関係ないが、私が、ブックオフ神辺店に隣接する歩道を西から東に向かって自転車で走行していると、ブックオフ神辺店の駐車場の歩道に出る直前の位置(Google地図での位置=34.556693,133.390406)に2人組の小学生ないし中学生ぐらいの少年が見えた。
そして、その片方が、もう一方の少年に「目を狙え、君なら出来る」という風に、普通は善い事を行なわせるための激励の言葉に使われる語法を用いて、私に対する攻撃という悪事をそそのかした。
これなどは、間違いなくそうだったのだが、それが伝わらなくても、内容の顕著な異常性は、読者にも伝わるだろう。

数年前だったか、10年ぐらい前だったか、それまで偏見のベールに阻まれて、そういう犯罪は無いだろう、という風に信じられていた犯罪が、ビデオ映像で告発され、ビデオによる犯罪立証の目覚ましい進歩が始まった。
しかし、あれから何年も経過した今では、問題は次の段階に入っているだろう。
それは、犯罪を行なう側の人が、ビデオでやっつけられない為のノウハウとスキルを蓄積、駆使し始めた、という事ではないか。
現場レベル以外の話で言うと、監視カメラ設置への反対運動はそういう犯罪者の意向を請け負ったものだろう、と言えそうな事が挙げられる。

学校でも街でも、公設の監視カメラ網を張り巡らし、それに映らない位置に行く事を禁じる、という方法は使えないか。
つまり、カメラというハードの整備に全面的に依存するのではなく、映らない位置に行く事を禁じる、というソフトで補完するわけだ。

学校の教師だけでなく、警察官等の犯罪の取り締まりを行なう人が、比較的軽い犯罪でその職位から追放される事件が、昔に比べて最近では、目に入る頻度が増えたが、これらの中にも、凶悪な犯罪を邪魔されずに行ない続けたい人が、それになびかない取り締まり人を、陥れて除去しているケースが含まれているのではないか、という疑いを私は少し持っている。
広い意味では、国会議員の失言辞任も、そうだ。
これは、正されるべき間違った風潮だ。
思い切って、国会議員を失言によって失職させる事は出来ない、という条項を置いても行き過ぎではない、と思う。