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2012年08月27日(月曜日)
罠を仕掛ける行為の違反度
まず、昨日の記事の補足と修正を、行ないます。
昨日の記事に書かれている2012年05月10日の白ダンプによる殺人未遂事件は、13時09分より後、13時20分より前に、起こりました。
また、昨日の記事の「こと侮辱に関しては、もう私には言ってはいけない事は無い」という表現を、「こと侮辱に関しては、私には、言ってはいけない事なんて、もう、とっくの昔に、無くなっている」に改めます。

さて、罠の話ですが、罠の定義が直ぐには分からないので、具体的に考えてみます。
例えば、道路に異物を置いて標的のタイヤをパンクさせる、という行為を考えてみます。
この行為の違反度を見積もるに当たっては、道路に異物を置く、という行為を単体で取り出して、その行為の違反度を考える事は的外れでしょう。
この行為の違反度は、基本的には、標的のタイヤに直接触れて手動でパンクさせる行為の違反度です。
これを基本にして、確実性とリスクの観点から、補正を行ないます。
まず確実性については、標的のタイヤに直接触れて手動でパンクさせる場合に比べて、罠を用いる方が不確実です。
だから、その分、標的のタイヤに直接触れて手動でパンクさせる行為よりも、罠を仕掛ける行為の方が、違反度が低い。
リスクの観点からは、犯人にとって、自分が罠を仕掛けた事が発覚する危険性は、自分が標的のタイヤに直接触れて手動でパンクさせた事が発覚する危険性よりも低い。
したがって、その分卑怯なやり方だ、という事で、標的のタイヤに直接触れて手動でパンクさせる行為よりも、罠を仕掛ける行為の方が、違反度が高い。

この様に、罠を仕掛ける行為には、違反度を高める要素と違反度を低める要素の両方が含まれているので、大雑把に言うと、罠を仕掛ける行為の違反度は、罠を用いずに直接加害する行為の違反度と同じだ、というのが私の見解だ。
私の見解だ、と言うよりは、そういう普通の見解を私も支持する、と言うべきかもしれない。

しかし、この問題については、同じ行為に対して、それを何の目的で行なったかによって、異なる罪の重さが対応する事に成るが、それで良いのか、という問題意識を、私は持つ。
同じ違反行為でも、故意と過失では罪の重さが異なる、という既存の基準にケチを付けるつもりはない。
それは全く正しい、と思う。
ここで私が提起したい問題は、過失ではなく故意の場合に限っての話だ。

道路に異物を、過失で落とす、のではなく、故意に置く、という行為に限って、道路を飾るために置くのと、誰かの足に怪我を負わせるために置くのと、誰かのタイヤをパンクさせるために置くのとで、全く同じ物を全く同じ様に置いても罪の重さが異なる、という事で良いのか、という問題だ。

その問題があるから、既存の判断基準では、置く事によって生じた一般的な危険の大きさ、によって、道路に異物を置く行為の違反度を見積もる、のだろうか?
そうかもしれないが、私は、この問題を、もう少し深く考えてみたい。