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2012年08月22日(水曜日)
精神科医療の偽善
精神病院以外の病院は全て、患者本人が自分にとって利益に成ると考える事を、行なう。
これに対して精神病院は、正常な運用の範囲内でも、患者本人の意思に反する強制入院、というものを行なう。

強制入院させる側の人は、精神病患者には病識(自分は病気だという自覚)が無い、という知見を振りかざすため、本人がいくら自分は健康だと叫んでも、それを相手にせず、それでいて、その事の不当性を第三者の目から覆い隠す事が出来る。

抗精神病薬を投与されると、この分野に詳しくない人の目には、この人は病気なんだなあ、という風に見える風貌や話し方に成る。
つまり、健康な人を陥れた後で、疑いを持った人が自分の目で確かめに来ても、その人の目を欺ける。

精神病院から叫び声が聞こえた場合、それがSOSであっても、聞いた人は、叫ぶのは病気の症状だろう、という風に考え、怪しまない。

精神病院は患者の保護者から診療報酬を受け取るシステムに成っており、この事が、精神科医が保護者の意に沿う様に計らう素地に成っている。
保護者から受け取る自己負担金ではなく国から受け取る保険点数で考えても、入院させた方が医者は儲かるので、病気ではない人を病人に仕立て上げたい、と医者が考え易い。

実質上の逮捕・投獄の過程で救急車の音がしても、それを精神病院への強制連行だと思う人は少ない、そう思うのは精神病院の悪用を是とする人ぐらいのもの、だから、この段階での発覚の危険性が小さい。
子供の頃、福山市沖野上町に住んでいた頃だったか、神辺町に引っ越した後だったか、近所から救急搬送された人が居て、普通ではない雰囲気の母に、どうしたのか尋ねたら、病院への救急搬送だ、という答えが返って来た。
それを聞いて私が、それなら珍しい事ではないね、という風に言うと、母は一瞬、それはちょっと違う、という表情を見せた後で、子供が自らそう思うなら、そう思わせておくのが一番良い、と考えた様子に変わった、という事があった。
1990年代に私は、大学受験指導の通信添削の添削者の仕事を自室でやっていて、添削中に救急車の音を聞いて不審に思った事が何度もあったのを、今でも覚えている。
どれも日没後だった。
当時の私は、精神病院の悪用の可能性について、まだ気付いていなかったので、精神病院への強制連行だとは思わなかったが、何か死につながる様な普通ではない良くない事が起こっている感じ(どんどん人が殺されている感じ)がした。

強制入院の必要性を判断する実質上の裁判が、司法の裁判に比べて簡略過ぎるので、私刑が行なわれる危険性が高い。
弁護士も居ない、傍聴人も居ない、物証も必要とされない、疑わしきは罰せずの原則も無い。

他の病気と違い、強制入院させる側の人は、一度発病したら死ぬまで治らない、という知見を振りかざすので、終身入院させておく事が出来なかった場合でも、病人に仕立て上げられた人が退院後に何を言おうが、それを妄言として退けつつ、その事の不当性を第三者の目から覆い隠す事が出来る。

これだけ揃えば、状況証拠としては真っ黒だ。

監禁しておいて保護したと言うのは、殺しておいてポアしたというオーム真理教の言語表現に似ている。
薬の力で改宗させる手口もオーム真理教そっくりだ。
オーム真理教がどの程度言われている通りか、は知らないが。

精神病院の悪用の弊害を防ぐためには、入院中の患者に、薬が抜けた状態で、外部の不特定多数の人が視聴できる様な動画配信を行なう権利、というものを保障する、などの対策が必要だ。

また、精神病院の悪用は、無くせば良い、というものではなく、関係者の厳重な処罰が必要だ。

強制入院の制度の悪用は、実際問題としては精神科が一番問題だが、原理的には精神科でなくても出来る。
だから、良く探せば、精神科以外にも、強制入院の制度を悪用した拉致監禁事件が、あるのかもしれない。
精神科以外に強制入院の制度があるか否か知らないが。

昨日の記事に書いた様に、精神科医療が問題に出来るのは、せいぜい、客観的な事実を認識する機能の故障ぐらいのものだから、越権行為を非難される事への予防措置として、精神科医は、うちがやっているのは薬物療法だけです、という態度を取る。
しかし実際は、生意気にも道徳的訓戒を行なう傾向がある。
患者(にされた人)は、薬を増やされるのを嫌(怖)がる。
そこで、精神科医は、俺はお前の薬をいつでも増やす事が出来るんだぞ、という脅迫状態を背景に、本人の自由に属する事について、ああしろ、こうしろ、と言う。
さらに言うと、そうする事によって、患者(にされた人)の人間性を賤しめ、その人に恨みのある依頼主の応報感情に寄与する。
これは、刑法第223條第1項の強要罪(人に脅迫を加えその脅迫状態を利用して義務なき事を行わしめる罪)に該当するのではないか。
千葉県の新検見川駅の近くに住んでいた頃、ラジオ版放送大学で森田療法の説明を、強い否定的な感情を持ちながら聞いた。
これは薬物療法ではないけれど、客観的な事実を認識する機能の故障の治療の範囲を大きく越えた事を、直そうとしている事が、ハッキリ分かったからだ。
戸塚ヨットスクールに通じるものがある。
いけない事だ。
医療としてそれを行なう事は、何らかのスクールでそれを行なう事よりも、大きく間違っている。

解消の対象としては、客観的な事実を認識する機能の故障以外に、自傷他害の恐れ、という事が言われる。
しかし、客観的な事実を認識する機能の故障みたいなもの以外が原因と成っての自傷行為については、究極的にはそれは本人の自由だ、というのが私の考えであり、周囲の人はしない様に勧告する事が出来るに留まろう。
客観的な事実を認識する機能の故障みたいなもの以外が原因と成っての他害行為については、これはしない様に義務を課す事が正しいが、その取り締まりは精神病院ではなく警察等が行なうのが正しい。
因みに、私の自殺未遂は退院後であり、自殺未遂のせいで入院させられたのではない。