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2012年08月21日(火曜日)
精神病院の悪用が犯罪である事は明白
色々な犯罪について言える事だが、している、という事が、いよいよ明白に成ると、今度は、別に良いじゃん、大した事ではないじゃん、みたいな言い逃れ方が、典型として存在する。

2012年07月05日の件について、私が、院長に、懲らしめのために強制入院させる、という行為は凶悪犯罪ですよね、と言ったら、院長は、世間一般云々以外に、医療行為の範囲にチョッと融通を利かせただけ程度の事だと思うが、という風にも言った。

病気でない人を病院に監禁する事が軽くない犯罪である事は、以下の事実から明白だ。

我々は、日頃、テレビで北朝鮮の様子を見て「北朝鮮ってヒドイ国だよね、日本では罪とは考えられていない様な事をしたという理由で、簡単に強制収容所に入れられるんだって」という風に言う。
北朝鮮で横田めぐみさんは死ぬ前に精神病院に入れられた、という情報についても、生死の部分の真偽はともかく、精神病院に入れられた、というのは本当だろう、と思う。
そうだとしたら、これも、病気だから入れられた、なんて事であるはずがない。
彼女が、日本に帰りたい、と言い続けたので、これ以上言い続けられると不都合だから、という理由で入れられた、という事に他ならないではないか。
また、日本の昔の時代について「この時代はヒドイよね、座敷牢があるなんて」という風に言う。
つまり、病気でない人を病院に監禁する事に相当する行為を軽くない犯罪だと感じる能力を、みんな持っているのだ。

最近では、DV(ドメスティック・ヴァイオレンス)というものが重度の犯罪である事、が認識されるに至っているが、このDV概念で、病院への監禁の明白な犯罪性、を認識する事も出来る。

政治犯を処罰する国は、その事によって国際社会から低く評価される、という観点から理解する事も出来る。
精神を取り締まる、という行為は、客観的事実を認識する機能の故障等の例外的な場合を除いては、憲法で保障されている内面の自由や思想・信条の自由の否定そのものであるから、精神の内容よりも遥かに問題である。

つまりは、精神病院の悪用が論外である事なんて、普通に暮らしていれば自然に身に付く当たり前の事なのだ。

2012年07月25日の記事を見て分かる様に、身体拘束は、動けない様に縛ったりしなくても、建物の中に閉じ込めるだけでも、かなり重い罪である、というのが私の見解だ。

さらに、精神病院は投薬という事を行なう。
健康な人が投薬されると、その人の精神的な良さだけでなく、肉体的な美しさも、損なわれる。
これは傷害罪に該当するはずだ。
精神科医が出す抗精神病薬は、強度において麻薬や覚せい剤等の違法薬物に匹敵する。
だから、麻薬や覚せい剤の服薬という行為の違反度が社会的にいかに大きく認定されているかを考えれば、病人ではない人に抗精神病薬を飲ませる事がいかに重い犯罪であるか、理解できよう。
これは、麻薬や覚せい剤等の違法薬物を他人に、同意を得ずに、または同意を詐取して飲ませた事、に相当する犯罪であり、自分で飲むよりも罪は重い。
私は、騙されて薬を飲まされた事には、特に怒っている。
10年間ぐらい飲み続けた。
違法薬物を長期間服用した場合に出る肉体の劣化が、私にも出ているのではないか、心配だ。

当たり前過ぎて言いたくないが、精神病院への監禁を大して悪くない、と言う人には、自分がされたらどう感じるか、という事を考えてほしい。
「そんな、とんでもない」と感じるだろう。
今では小学生の頃に分かるべき事だが、自分がされたくない事を他人にするな、という道徳律を発見した、というイエス・キリストの業績は、この分野における金字塔なのではなかろうか。
右の頬を打たれれば左の頬を差し出せ、にはケチを付けるが、これについては、私はケチを付けない。