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2012年08月15日(水曜日)
不審強制入院目撃顛末(補足)
昨日の記事に書き切れなかった事を、ここに書きます。

悲鳴本人の保護者の横顔を見た時、その保護者の類型が分かった。
小柄で現業労働者風の年配の男性で灰色の作業帽を被っていた。
このタイプの人間には、私がこのタイプの人間をどう思うかが、自分の思い通りに成らない事に対して、それを私のせいにして根に持ち、何かと突っ掛かって来る人が少なくない事を、私は今までの人生経験から嫌と言うほど知っているので、この保護者についても、私はこの人を、大きな不信感を持って見た。

この日のS氏からは感じなかったが、それは表面的な事に過ぎず、S氏も、私がS氏のタイプの人間をどう思うかが、自分の思い通りに成らない事に対して、不満を持っているらしいと、日頃から私は感じており、身の回りの嫌がらせや危険行為の発信源の候補の1つとしてS氏が考えられる、と私は思っている。

さらに、その様な私に対する突っ掛かりと本質的には同じ突っ掛かりが悲鳴本人に向けられているのではないか、と思った。
後日、私の主治医である院長に本件の話を持ち出した際に、私が、治療や保護のためではなく懲らしめのために入院させたり保護室に入れたりする事は凶悪犯罪ですね、という意味の事を言うと、院長は、でも世間一般では容認されている事だと思うけど、という意味の事を言ったので、その可能性もある。

玄関に座り込んだ悲鳴本人の様子から私は、私が小学生の頃に死んだ飼いウサギを連想する。
ただし、悲鳴本人を見た時に連想したかどうかは、思い出せない。
私が小学生の頃に、飼っていたウサギが野良犬に殺される、という事件があった。
ウサギは金網の檻の中に囲われた状態で飼われていたので、野良犬がどうやってそれを殺したのか分からないが、檻の蓋を犬が開ける事は可能だったかもしれない。
ただし、蓋で塞がれていた口は小さかったので、蓋を開けても犬が檻の中に入る事は到底無理だった。
惨いから、という理由で、父が制したために、私は、現場を見る事が出来なかった。
しかし何十年も後に成って、あの事件の真相は、誰か人間がウサギを殺した、というものではないか、父が私に現場を見せなかったのは、現場を見ればその事が分かるから、だったのではないか、と思う様に成った。
こういう話を私は、2012年07月05日より前の診察時に、院長にしている。
一行の行為がその事を意識してのものだった可能性もある、と私は感じる。
ウサギ事件が起こったのは広島県福山市沖野上町で、悲鳴事件の病院がある広島県福山市佐波町と、あまり離れていない。