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2012年08月14日(火曜日)
不審強制入院目撃顛末
今日は、2012年08月02日の記事に書かれている2012年07月05日の事件、について詳述する。

私が診察室前の廊下の椅子に座っていると、玄関の方から、「たすけて〜」という語を含む悲鳴が聞こえた。
悲鳴が聞こえても私は、直ぐには行動しなかった。
悲鳴が聞こえる所に私が居る丁度そういう位置とタイミングでそういう事が起こった、という事からは、誰かの作為の匂いがしたからだ。

しかし、悲鳴が単発ではなく、繰り返し長く続くので、その間に徐々に私の判断が適正点へと収斂して行って結局、重い腰を上げて玄関まで歩いて行って、病院職員のS氏に様子を尋ねてみた。
すると、悲鳴を発している本人は、何故私に聞かずに敵に聞くのだ、という表情(まさか、そんな、のニュアンス)で一瞬私を見上げた。
もっともな事だと思う。
今では、本人に聞けば良かった、という風に思っている。
「たすけて〜」という語以外に、「私は治りたいのに」と叫んでいた。
これを聞いて私は、治りたいのにまた病人にされようとしている、という事ではないか、と思った。

悲鳴本人は、入院生活に必要な生活用品が入っていると思われるカバンを持ち切れないぐらいたくさん持って、床に座り込んでいた。
この手荷物の多さと、抗精神病薬の服薬によると思われる体形から、この人は過去に入院経験があるな、と思った。
しかし、この事は、悲鳴本人が精神病に見えた、という事ではなく、むしろ、精神病には見えなかった。

その後、悲鳴本人とその保護者とS氏(その他にも人が居たかもしれない)は、最初に私が座っていたソファーに移動した。
そこで、私は、S氏に強制入院の要件は整っているのか?という意味の質問をした。
するとS氏は、それはこれから診察で先生に判断してもらう、と答えた。
さらに私が、悲鳴本人と話をするために、そう出来る位置に移動しようとすると、S氏が、私の左上腕を右手指の背で軽く押して、関わらない様に促した。
私は、これに抗する事はせず、別の椅子に座った。

すると、一行は診察室ではなく、処置室に入って行った。
それを見て不審に思った私は、S氏に、そこは診察室ではありませんが、と尋ねた。
S氏は、診察室ではないがここに先生が来て診察する、という意味の返答をした。
その後、女性の医師が処置室に入って行くのを見た。
診察が診察室ではなく処置室で行なわれた事は、最初は診察なしで入院の予定だったが私に見とがめられたので急きょ診察する事にしたためではないか、という疑い方も出来る。
後で私の主治医(院長)にこの話をした時に院長が処置室の事を処置室と言わず救急室と呼んだ事、も怪しい。
一行が処置室に入って行く際に、悲鳴本人は、抵抗しながら私に、S氏等を指して、逮捕してくれ、と言った。
これを私は、私を錯誤させて衝動的に誤った行動に走らせるための発言ではないか、という風に不審に思った。
私は、警察官やそれに類する職業の人、ではない。
民間人でも、自分の財布を盗もうとしたスリを逮捕する等の事は出来るらしいが、本件がそういう場合に該当するかどうか分からなかった。
瞬間的に、逮捕する権力を持っていないのに持っていると錯覚している滑稽な病人、という絵に私がはめ込まれる危険を感じた。

その後、処置室の中から、悲鳴本人の「あついよ〜、はやくきて〜」という叫び声が、聞こえた。
これを聞いた時も、最初と同じ様に、私は、見える位置に直ぐに移動する事はしなかった。
今では、見える位置に直ぐに移動すべきたった、と思っている。
この叫び声については私は、これを、次の様な理由で、不審に思った。
何年か前に私は、スアドという人名がタイトルに成っている本を読んだ。
スアドが悪意の人によってガソリンをかけられて火を着けられた後で善意の人に救出される、という内容の実話だった。
そして、私は2chに、この本を著者サイドへの共感を持って読んだ事が分かる内容の投稿、をした事がある。
叫び声を聞いた時には、よりによって何でそれがここで出て来るんだ?という風に思った。
悲鳴本人が私の読書についての事実を利用して私を化かそうとしている、のではないか、と思った。

少し遅れて、廊下の奥の方から来た人が、処置室の前で立ち止まって、処置室の小窓から中の様子を見始めたので、私も立ち上がってそれに倣った。
その時には、特に中で何かドタバタが起こっている、という事は無かった。
悲鳴本人も、おとなしく椅子に座っているのが見えた。

一行が処置室に入って直ぐの頃だったか、どのタイミングだったか、椅子に座ったまま処置室の中が見える時があったが、その際に、悲鳴本人の保護者の表情(横顔しか見えなかった)が、騒ぎに成った事に対してか、私が引っ掛からなかった事に対してか、面白く無さそうな表情に見えた。
悲鳴本人と保護者が、どちらが周囲の人に支持されるか勝負していた、という側面が、この事態には含まれていたのかもしれない。

悲鳴本人は病気である、という認識を前提にしないために、悲鳴本人と書き患者とは書かなかった。
私の目には病気には見えず、総じて言うと、強制入院の要件は満たされていなかっただろう、という風に感じている。

後日私の主治医(院長)の前で、本件の悲鳴本人が本当に病気であったのか、を問題にした時に、院長が、悲鳴本人には食事に毒を入れられているという顕著な妄想があった、というのを聞いた時にも、それが弁護士チックな嘘に聞こえた。