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2012年07月22日(日曜日)
では侮辱の何がいけないのか
昨日までの記事に書いた様に、言葉による侮辱は、違反ランクが非常に低い行為だ。
しかし、それだけで済まされると納得が行かないのも事実だ。
そこで、何が問題なのか書き出してみる。

・単発の侮辱は違反未満だが、しつこく繰り返すと、そうとも言えない。
・大した事ない(確かにその通りなのだが)からと言って、いつも後回しにされ、いつまで経っても問題にしてもらえない。
・自因侮辱は大した事ある。
・侮辱ぐらい許せ、というルールに試練を与える事を目的とした侮辱は迷惑
・侮辱と非難を混同した劣点への非難
・侮辱されているところを第三者に見られる事によって生じる恥(名誉棄損?)
・暴力を振るうための挑発として用いられた侮辱
・無視したり反論したりしたら報復(正当性は無い)される、という脅迫下での侮辱
・暴行の手始めとしての侮辱。侮辱の後には何をして来るんだろう、という恐怖感を与える侮辱
・議論や討論の場に限れば、侮辱は軽くない。

自因侮辱の概念を一般化して、相手が劣点を自力で改善するのを抑え付けて阻止しつつ、その劣点を侮辱する行為、というものも考えたい。
また、自分のために何かしてくれる過程で相手に劣化が生じた場合、その劣点を侮辱する行為も、自因侮辱に近い。
しかし、これらは、相手を劣化化させたり抑え付けたりする事がいけないのであって、侮辱がいけないのではないかも。
自因侮辱を一般化した概念は、相手の職業やそれに付随する属性を侮辱する事の分析に、必要と成りそうだ。

自因とは関係ないが、改善が見込めない生来固有の劣点を侮辱する事は、改善が見込める劣点を侮辱する事よりも重かろう。

ルールに試練を与える事を目的とした侮辱は、ルールに不満な人が、ルールの信用を失墜させるために行なう行為だ。
可能な限り聞くに堪えない侮辱語を案出して言う事によって、侮辱ぐらい許せ、って可笑しいよね、とアピールし、だから俺の事も侮辱するな、という風に繋げるパターンだ。

劣点への非難については、先述した様に、非難は善悪の基準に照らして、侮辱は優劣の基準に照らして、行なうものなのに、優劣の基準に照らして非難を行なっている、という点で錯誤した行為だ。
単に劣っているだけなら、侮辱までのはずなのに、非難という侮辱よりも強い当たり方をされては、心外だ、

暴行の手始めとしての侮辱については、俺たちはお前の事をこんなに侮っているから何をするか分からんぞ、という風に脅しを掛けて相手を怖がらせるものであり、その後に続く暴行の一部だと考えられる。
侮辱する事によって、もうルールなんてかなぐり捨てた、という表現をしている。

節度を越えた侮辱に対しては、そんな言い方をしなくてもいいじゃないか、なぜ私がそんな言われ方をしなければいけないのか、という反応に代表される様な非難があり、私も第三者としてそう思った事があるが、この辺りに、侮辱の何がいけないのか、を解く鍵が隠されていそうだ。

私は、言論の自由や表現の自由や思想・信条の自由に強く味方する者であり、侮辱に対して課せられる条件も、侮辱を取り締まり過ぎさせない様にするために考えている面が、大きい。