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2012年02月28日(火曜日)
利潤概念の再検討
2012年01月29日の記事では、利潤の発生は価値の湧き出しだ、という風に書いたが、一昨日の考察に寄れば、与益量が与益のための受益量を超えても、その分だけ、義務という形で自分に蓄えられている価値が減るので、利潤の分だけ経済全体の価値が増加する、という事は無い様だ。
利潤の発生は、内部に蓄えられていた価値を外部に放出する事、の様だ。

それでは、経済全体の価値を増加させるには、どうすれば良いのだろうか?
無償での与益は経済全体の価値を増加させるだろうか?
無償での与益は、与益者の義務価値を減少させないが、
音楽を演奏して他人に聴かせる、という与益について既に述べた様に、受益者の義務を増加させないので、良くて物理的な貯蓄内容を増加させるだけであり、その様な増加は、物理的な貯蓄内容の経年劣化によって、いずれ消失する。

金儲けは善か悪か?
利潤についての考え方が変わったので、以前の様にアッケラカンと、正攻法での利潤追求(金儲け)は善だ、とは言っていられなくなった。
適正価格で取引しない、受益時には安く買い叩き、与益時には高く売り付ける、という事が、利潤追求において有りがちな悪である事には変わりないが、正攻法での(適正価格で取引する)利潤追求には、何らの良くない面も無いのだろうか?
義務は、価値であるけれども、他の価値と違って、それは、義務を負っている人にとっては有り難くない価値だ。
自分が利潤を上げるという事は、その有り難くない価値を他の人にナスリ付ける、という事でもある。
これは、通貨の総量が決まっているので、自分が通貨を多く取れば、その分だけ他の人の通貨が減る、という事に対応している。
この辺りに何か有りそうな気がする。