since 2003
イレコナビ サイトマップ
< 日記 >
< 2012年02月 >
< 15日 >
2012年02月15日(水曜日)
価格決定における売り手の意志
売り手は、金流で計算した場合の利潤が負(マイナス)に成らない様に売ろうとする。

昨日述べた価格に対する買い手の意識、と合わせて、これで、取引価格が決まるだろうか?

買い手は価格の上限を持っており、売り手は価格の下限を持っている、という事だから、買い手の考える価格の上限が、売り手の考える価格の下限よりも高ければ、取引は成立するだろう。

しかし、売り手は、金流で計算した場合の利潤が負(マイナス)に成りさえしなければ良い、とは考えないかもしれない。
自分の創出した価値に対して強い自負を持っている場合、金流で計算した場合の利潤がゼロに成る様な価格よりも、もっと高い価格を下限と考えるだろう。

売り手は、売る益(与益)の価値がそのために必要と成った受益の価値の何倍か、を内省的に感じ取り、それと、売る益の価格がそのために必要と成った受益の価格の何倍か、とが一致する場合に、売る益のその価格を適正だ、と感じるだろう。
ただし、ここで考える倍率は、整数倍だけとは限らず、1以上の任意の数(1.3倍等も)だ。

そして、適正だと感じる価格か、またはそれ以上の価格でなら売るが、適正価格よりも安くは売らない様にする、だろう。
それが達成される限りにおいては、不満の蓄積は起こらない。

売り手の考える適正価格と買い手の考える適正価格が一致すれば、その価格で取引が成立するはずだ。
売り手の考える適正価格が買い手の考える適正価格よりも安い場合にも、それらの間の価格で取引が成立するだろう。
売り手の考える適正価格が買い手の考える適正価格よりも高ければ、取引は成立せず、両者とも、同じ益に対して異なる価格を適正だと考える別の相手を、探す事に成る。

適正価格に対する売り手と買い手の感覚が確固としたものなら、そう成るだろうけれど、どの価格が適正か、についての感覚は、もう少し曖昧なのが普通だ。
だから、売り手の考える適正価格と買い手の考える適正価格が正確に一致しなくても、売り手と買い手が相互に相手の意見を取り入れて、それによって、そんなものかもしれないなあ、という風に自分の意見を補正し、その結果、両者の考える適正価格が一致し、取引が成立する、という事も、考えられる。

これらにおいては、取引が成立した場合も、取引が成立しなかった場合も、不満の蓄積は起こらない。

取引価格は益流の測定値だ、という観点からすれば、売り手の考える適正価格が買い手の考える適正価格よりも調和不可能なぐらいに安い場合には、取引は成立しない方が良い。
人間の正直さが完全ならば、適正価格でのみ取引せよ、つまり、自分の考える適正価格よりも高く売ってはいけない、という義務を課す事が出来るが、人間の正直さは不完全なので、その様な義務を課すのではなくて、自分の考える適正価格よりも高く売ると自分が損をする、という法則性が、防犯機能として、市場メカニズムから出て来る事が望ましいが、果たして、そう成っているだろうか?
ただし、その場合、自分の考える適正価格よりも高く売らない義務は無いのだから、自分の考える適正価格よりも高く売る事は犯罪ではない。