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2012年02月13日(月曜日)
競争原理
昨日までは、3体自由主義経済を論ずるに当たって、自由市場での価格決定は、当事者の両方が納得する結果に成っている事を前提として話をして来た。
しかし実際には、自由市場では、当事者の一方または両方が不本意な価格に仕方なく合意する、という事が起こる。
また、今までは、絵の才能はCだけに局在している、という設定で話をして来たが、実際には、複数の人に絵の才能があり、競争に負けた人は画家に成るのを断念する、という事も起こる。
これらの事情を考慮しても、自由主義経済はなお公平だろうか?

来る日も来る日も日記ばかり書いて、体力的にキツイので、今日は、問題提起するだけにしておく。

・3体自由主義経済モデルで、AとCが画家のポストを競う場合を調べてみれば、何か分かりそうだ。

・適正価格の定義を編み出さねば。
売り手が、もっとたくさん貨幣が欲しい、と思うならば適正ではない、とすると、いかなる価格も適性ではない事に成ってしまう。
なぜなら、売り手にとっては、どんなに高値で売れても、もっと高値で売れるものなら売りたいからだ。
自由市場では、価格は需要と供給の関係で決まる。
この事実を認めた上で、これを適正価格の定義とは考えず、もっと基礎的な定義を考え出したい。
需要と供給の関係で価格が決まる、というのは、売り手と買い手の、その価格なら売りたい、とか、その価格なら買いたい、という判断に依拠するものであって、その判断の基準を定めるものではない。
しかし、不満の蓄積の観点からは、その判断の基準に興味があり、そこに適正価格の基礎があるだろう。
おそらく買い手は、売り手の商品を、同じ値段で自分が作って売ってる物よりも素晴らしい、と感じる場合に、買いたい、と思うのではないか。

・競争原理が残酷を生むのではなく、競争原理の濫用が残酷を生むのではないか。