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2012年02月09日(木曜日)
3体社会主義の不満スペクトル
今日は、昨日の記事で論じた状況変化に伴って、A,B,Cの各々に、どういう不満が生じ(解消す)るか、分析する。

Aの主張。
自由主義時代には、AはCの怠惰の尻拭いをさせられていたが、社会主義経済に移行する事によって、そういう事が無くなった。
Cも、自分が生活で消費する分ぐらいは自分で生産するべきだ。
移行後の状況が本来の姿であって、移行前の状況は不公平だった。
必需品経済との関わり以外の余力を平等に揃えるのが公平なのだ。

Bの主張。
bの価値については、移行前の評価が正しいのであって、移行後の評価は低過ぎる。
移行前の自由市場での交渉ではAとBの間にa,bの価格について合意が成立していたのに、Bが絵を買っている所を見て値下げを要求したAの態度は不当だ。
難しい物を作っても、簡単な物を作ったのと同じ評価しか得られないのには、納得できない。
移行前の状況が本来の姿であって、移行後の状況は不公平だ。
余力を平等に揃えるなんて不公平だ。
必需品経済との関わりの量を平等に揃える、ならまだ分かるが。
移行後Aは時間と体力が余ってるらしいが、その分だけaを移行前よりもたくさん生産しろ、とは言わんだろうが。

Cの主張。
絵にも価値はある。
絵の価値については、移行前の評価が正しいのであって、移行後の評価は低過ぎる。
自由主義時代には、Bを窓口として経済全体に絵を提供した事の見返りにa,bの供給を受けていたのだから、これは、自分が生活で消費する分を自分で生産していた事に当たる。
Bが、それで良い、と言ってるんだから、それで良いじゃん。
移行前の状況が本来の姿であって、移行後の状況は不公平だ。
A,Bの貿易不均衡をCが是正した、という事ではないか。
自由主義時代にはAは、Bが1人でaを2人分消費している、と考えれば良かったのではないか?
Bが1人でaを2人分消費するのは構わないが、Cがaを消費するのは許せない、って画家に恨みでもあるのか?
Aはジャッキー・チェンに「お前に食わせるタンメンはねぇ!」と言う人みたいだ。