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2012年02月06日(月曜日)
3体問題による社会主義の分析
私は、社会主義というものをキチンと勉強した事は無いが、社会主義では知識人や文化人が目の敵にされるらしい、という話は聞いた事がある。
つまり、外見的にいかにも働いてます、といった感じの労働だけを働きとして認め、神妙にして計り知れない働き、というものの価値や存在を否定する、そういうところが、社会主義にはあるのだろう。
私は、そういう考え方には反対だ。

3者取引を考える事によって、その問題を分析してみる。
個人Aと個人Bと個人Cのみから構成される社会を考える。
AとBは生活必需品の生産者で、Cは画家だとする。
Aは絵の価値を認めない人で、Bは絵を購入したい人だとする。
この設定で、A,B,Cが市場原理に従って自由に取引をすると、Aが不満を持つ。
その不満が社会主義だ。

どういう事かと言うと、BがCから絵を購入すると、Cは貨幣を持つ事が出来る。
その貨幣でCは、Aから生活必需品を購入できる。
なぜなら、
市場原理の差別禁止条項を適用すれば、AはCに対して、お前はCだから、という理由で売るのを拒む事は出来ないから。
すると、AとCの関係は、AがCに一方的に与益し、CはAに全く与益しない、という関係に成る。
AとBの関係は、相互に与益し合う関係だ。
BとCの関係も、B,Cの価値観では、相互に与益し合う関係だ。
しかし、AとCの関係だけが、違う。
もし、BのAへの与益内容に絵が役立っていたら、Aは不満を持たないだろう。
しかしAは、絵の価値を認めないのだから、BのAへの与益内容に絵は役立たない、と考える。
Aは、Bに対しては、Cの絵を買う余裕があるんだったらbをもっと安く売ってくれよ、と言うだろう。
しかし、これは、
売る人の財力を見ての要求だから、市場原理に反する
私は、市場原理の定義を読んだ事が無いけど、市場原理とはそういうものだ、という風に理解しています。

透明貨幣描像で考えると、分かり易い。
Aの産物aとBの産物bは異なり、どちらも生活に欠かせない、と仮定する。
Aにとっては、CはBを窓口として経済全体に全く与益していない人だ。
そう考えると、Aは1人でA,B,C全員のaを供給しており、Bは1人でA,B,C全員のbを供給しており、Cは何も供給せずにa,bを受給しているだけだ。
もし、Cもaやbの生産に参加したなら、AやBの負担はもっと軽く成るはずだ。
しかし、そうすると、BはCから絵を買う事が出来ない。
だからBは、今のままで良い、と考える。
一方Aは、Cにもaの生産に参加して欲しい、と考える。
それなのにBが勝手にCに貨幣を与えてしまうと、Cは、その貨幣でa,bを購入すれば生活が成り立つので、a,bの生産への参加を拒み続ける事が出来てしまう。
だからAは、BとCは自分を食い物にしている、と考えて、BとCを憎み、市場原理を否定してBがCの絵を買う事を規制すべきだ、と考える。
それが社会主義だと思うんだけど。

つまり、誰かが贅沢品を購入すると、その贅沢品を生産・販売するだけで生計を立てる人が出て来る。
そうすると、それらの人の分だけ、必需品の生産人口が減り、必需品生産者1人当たりの負担が増える。
社会主義によって批判される市場原理の特徴は、こんな感じの事かなあ、と思うんだけど。

現代社会に暮らす我々の実感からすると、同業者人口が減れば競争が緩く成って自分の負担は減る、という感じがするんだけど、その辺り事は、私は、まだ考えてません。