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2012年01月28日(土曜日)
金流と益流
透明貨幣描像で考えれば分かる様に、実体として有るのは与益と受益の事実であって、お金の流れは単にそれを記録しているだけである。
与益と受益のペアーを益の流れとして認識すると、この益の流れとお金の流れの関係は、丁度、物理学における電子の流れと電流の関係に、似ている。

物理学では、負(マイナス)の電荷(電気)を持った電子という粒子が考えられる。
電子の属性のうちの電荷のみに着目して、電子の移動をカウントするには、電子が左から右に移動した事を、同大の正(プラス)の電荷が右から左に移動した、という風に数えれば良い。
我々の日常生活において用いられる電流という言葉は、これだ。
物理学会で知り合った金澤喜平さんという人は「電流は無い、有るのは電子の移動だけだ」という事を言っておられて、良く聞いてみると、この人の意見には賛成できない所もたくさんあったが、この発言は、私の「お金は幻である」という見解の気分を、良く表している、と思う。

よくお金は社会の血液に喩えられるが、向きが逆である、という点を除いては、この喩えには、私は賛成だ。
人体の血流に喩えられるべきは、本当は益流であって金流ではない。
しかし両者は向きが逆なだけで大きさは同じなので、大きさだけを問題にする時には、金流で考えても、間違いは起こらないだろう。