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2012年01月22日(日曜日)
通貨制度の原罪
昨日まで造幣の問題を度々取り上げたのは、2012年01月15日の記事で提起した問題、受益者が与益者に貨幣を渡す、というルールのみに頼ったのでは、どうしても最初の貨幣導入が出来ない、という問題を、何とか解決しようとしての事だった。

受益者が与益者に貨幣を渡す、というルールのみに頼ったのでは、世界全体の貨幣の総量は変化しない。
貨幣導入前の貨幣の総量は当然ゼロだから、それでは、貨幣を導入できない。
そこで、受益者が与益者に貨幣を渡す、というルールを破るが厳密に公正な導入方法、を見付けようと色々考えてみたわけだ。
しかし、結局そういう方法は見付からなかった。

まだ、そういう方法が存在しない事を証明したわけではないが、たぶん存在しないのだろう。
とすると、貨幣は何かしら問題のある方法で導入された事に成る。
とすると、導入後の運用がいかに厳密に公正であったとしても、現行の通貨制度は、最初の貨幣導入の際に入り込んだ不公正(
原罪)によって、厳密に公正では有り得ない、という事に成る。

この事は、現代社会の市場で我々が通貨を行使する時の、その行為の正当性を脅かす。

貨幣の総量ゼロでスタートして、受益者が与益者に貨幣を渡す、というルールのみに頼って通貨制度を運用する事は、可能だろうか?
そうするためには、負の価値を表す貨幣、というものを用いる必要が出て来る。
つまり、マイナス百円(-100円)の様な物を考える必要が出て来る。
現代社会では、借金額を表示するのに、その様な表記法が用いられる事が、あるが、ここでは、借金ではなく借益を考えなくてはいけない。
つまり、西部劇のガンマン同士の会話に出て来る「お前には(金銭面以外での)借りがある」という台詞中の「借り」の意味での借益を負の貨幣で表す、と考えるのだ。
負の貨幣を用いれば、貨幣の導入は、厳密に公正だ。
それでは、通貨制度の運用については、どうだろうか?
負の貨幣を認めてしまった場合、運用段階では、どこまででも際限無く払える、各人の支払い能力が無限大に成ってしまう、という問題が生じる。
これは、借り入れ限度量無制限の無利子の借益が出来る、という事で、それじゃあ返さずに借り続ければ良いや、という事に成ってしまい、到底この通貨制度が上手く行くとは思えない。
借り入れ限度量を定めれば、量的に際限なく、という問題は解決するが、返さずにズッと借りてりゃ良いや、という問題は、残る。
また、借入限度量を決める基準を作る事も、自分に認められるべき借り入れ限度量の値の証拠を提出する事も、難しい。
負の貨幣を用いた通貨制度を如何なる物質的手段で実現するかについては、電子マネーなら可能だが、紙幣や硬貨では証拠機能と計算機能を実現できない。
負の硬貨なんて、そんな都合の悪い物は捨てちゃえ、という事で、簡単に証拠隠滅が出来るし、受益者が与益者に貨幣を渡す、という簡単な操作では、計算機能を実現できないからだ。

借り入れ限度量を決めて負の貨幣を用いる事は、みんな返さずズッと借りたままに成る、という前提の下で考えると、正の貨幣のみ用いて、各人に借り入れ限度量分だけの正の貨幣を持たせた状態からスタートする、という事と実質的には同じだ。
そして、本質的には、それが現行の貨幣制度のルーツだろう。
だから、現行の通貨制度の歪みは、負の通貨制度の歪みとして、見る事が出来るはずだ。