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2012年01月14日(土)
経済循環機関
普通の貸借については、返済によって債務も債権も消滅する。
しかし、
2012年01月11日の記事で説明した様な、貨幣を債券として用いる益の貸借においては、経済全体の債務は返済によって変化しない。
経済全体の債務は、構成員の所持金の合計に相当し、それは取引によって変化しないからだ。
これは、構成員の各々が、債権者であると同時に、経済全体の一部として微かに債務者でもある、という風に考えれば、うなずける事だ。
その故に、経済全体は、その不減債務によって永久に駆動され続ける永久機関だ、と言える。
これを経済循環機関と呼ぼう。

この考え方は、我々の常識における善悪の判断基準の理由付けのどこかに、循環論法のペテンが潜んでいるのではないか、という視点を与える。

その問題を考えるために、手始めとして、貨幣経済の原始状態というものを、仮想的に考えてみる。
仮に、西暦0年1月1日正午に、史上初の貨幣が導入されたとする。
そこから金銭以外の益の授受をカウントし始める。
必ず益の最初の授受というものが有るはずだ。
その授受において、与益者は債券として貨幣を受け取るべきなのだが、受益者はまだ貨幣を持っていない。
なぜなら、益の授受はそれが最初であり、受益者は過去に与益を行っていないはずだから。
したがって、史上初の貨幣の導入においては、与益に対して与えられたのではない貨幣を持つに至った人が、必ず居るはずだ、という事に成る。
現実の歴史は、この通りではなかったが、貨幣の起源は債券ではない、という結論は正しかろう。
とすると、経済全体は借りてもいないものを「返せ」と言われ続け返し続けている、という状態なのではないか、という疑問が湧く。
まだ、どう繋がるのか分からないが、経済全体が負い続けている不減債務から、アインシュタインの一般相対性理論の宇宙項を、私は連想する。