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2012年01月06日(金)
宇田経済学樹立
非常に重要な事を考え出したので、まずメモ段階で一刻も早くアップしておきます。

・年末年始に弟一家が来て昨日とおととい弟と話し込んだ際の私の発言を元にして書きます。

・FXは善か悪か
 ・アビューズ
 ・通貨は商品だから自由に売買して何が悪い、それを否定すると社会主義になり社会主義は機能しない、という意見に対して、パソコンのアビューズを使ったたとえ話。

・善悪について考えるためには、お金とは何か、経済とは何か、にまで遡る必要があろう。

・もっともまっとうなFX売買方法
 ・評判やオッズだけ見て馬券を買うのではなく、馬を自分の目で見てオッズと比較して馬券を買う事に相当する買い方。
 ・為替レートとは独立の指標のみから実勢を評価し、通貨が高ければ売り安ければ買う。

・まっとうな売買方法は、ネガティブフィードバック。
 ・そもそも、経済は自己調節機能を持っているはずであった。

・評判が評判を作る、に対する批判。
 ・ポジティブフィードバック。
 ・評判によって作られた評判は信憑性が低い。

・まっとうでない売買方法
 ・値動きを見て売買する。=評判を見て売買する。
 ・売買がレートの変化を加速する。=ポジティブフィードバック。評判が評判を作る。
 ・上がっている時には買い、下がっているときには売る。
 ・値動きに便乗して儲けようとする。

・もっともまっとうな売買方法は仕事と報酬。
 ・為替レートを適正値にアジャストする、という仕事を投資家が請け負い、もうけはその仕事への報酬と考えられる。
 ・アジャストが完了すると、仕事がなくなり、もう、そこからは報酬(もうけ)は発生しない。=トレーダーが失業。

・社会主義は実行不可能な善ではなくそれ自体悪なのではないか。
 ・資本主義陣営は今まで自分から社会主義思想を持ち出して論ずる事をしないようにしてきたが、正面からの反論を考えるべき。
 ・その様な反論には、人の心を傷つける真実の指摘が不可避的に含まれるのではないか。
 ・だから、それを言い出し難い事に、社会主義陣営が付け込んで来ているのではないか。
 ・スーパーコンピューターで計画経済が実現できたとしても、計画経済では不満の蓄積と爆発が起こるのではないか。

・透明貨幣の寓話
 現代社会の実際の現象から、それが起こった後で、貨幣以外の部分をそのままにして、貨幣のみ削除(見ない様に)してみよ。(思考実験)
 人の心以外には如何なる不都合も起こらない事に気付く。
 物理的には、どこにも矛盾は生じない。
 そして、実際に起こっている事は、それであり、貨幣は、それを記録・計算・証拠付ける事によって人の心に訴え、(人の心を納得させ、)人をそういう行動に導いている。
 正確さを犠牲にして標語的に言うと、お金は幻である。
 人の心を納得させる事が、不満の蓄積を防ぎ、不満の蓄積による爆発を未然に防ぎ、統治機能に成っている。
 貨幣を用いないと、過去に働いた分だけ既に商品を受け取っていながら、俺はたくさん働いたのにチョッとしかもらえない、という風に誤解(計算力と記憶力の欠陥)したり、過去に働いてもいないのに働いたとウソを吐いたり(正直さの欠陥)する。
 貨幣が人間の正直さの欠陥を補う証拠として機能することは、貨幣には、本質的に防犯機能が内在している事を意味する。
 逆に、現代社会の実際の現象から、それが起こった後で、貨幣以外の部分をそのままにして、貨幣のみ削除すると、人の心には、ものすごく不満が蓄積しそうな気配がする。
 この事は、みんな貨幣で誤魔化されてるのではないか、という疑いの目で見ながら研究する必要がある事を、我々に教える。

・交換価値的理解の仕方への批判
 ・お金の機能は、交換価値ではなく、記録・計算・証拠ではないか。
  ・人間の計算力と記憶力と正直さが無限大ならば、貨幣は不要。=透明貨幣の寓話。
 ・現代社会では、物々交換描像ではなく、循環機械描像が正しい。
  ・ティッシュとヤクルトの物々交換では、ティッシュを渡す人はティッシュを渡す相手からヤクルトを受け取るが、循環機械描像では、ティッシュを渡す人はティッシュを渡す相手とは別の人からヤクルトを受け取り、現代社会で実際に起こっているのは、後者だ。
  ・個々人は取引相手のみと2者取引をしているのではなく、取引相手を窓口として経済全体と取引をしている。
  ・個々人はティッシュを自分で生産して所有する代わりに、その生産に要するのと同じ負担や貢献をして、それと引き換えにティッシュをもらう、という自力的理解よりも、個々人は経済全体という循環機械を集団で運転する行為に参加して、それによって、循環機械の産物の供給を受ける権利を得ている、その結果ティッシュを受け取る事ができる、と考える方が正しい。これは社会主義の考え方に近いのかもしれないが、市場経済は個々人に自力錯覚を感じさせる、という点で社会主義と異なる。ティッシュを1から自分で生産するよりも軽い負担で受け取る事ができる、ということは、既に自力ではなく他力に成ってる、ということだ。
 ・経済循環機械と取引している人々においては、その産物の、どこからどこまでが誰のおかげか、ということは、定義すら出来ない。
 ・経済循環機械は、ただ乗りや囚人のジレンマ、裏切り、といったキーワードによって特徴付けられる問題が主たる問題点となるもので、交換価値貨幣とは違う。
 ・貨幣は、経済循環機械の部品であり、経済循環機械の取り扱い対象と成る商品とは異なり、商品よりもメタな存在である。
 ・まっとうでない為替取引は、貨幣によって記録されている他人の記録内容を不当に歪める(資産の目減り等)効果を持ち、好ましくない。
 ・貨幣は、それ自体は商品価値を持たない。
 ・誰かが店で百円払ってティッシュを購入する、という取引の理解の仕方として、購入した人は百円の価値を失ってティッシュの価値を手に入れ、店はティッシュの価値を失って百円の価値を手に入れ、両者損得なし、という風に理解するのではなく、購入した人はそこではティッシュの価値を手に入れ何も失わない。購入する人がティッシュと等価な価値を失ったのは、百円を入手した時だ。その時には価値を失うのみで何も入手していない。そこで価値を失った事の記録と証拠として百円を渡されている。店でティッシュを購入した時には、ティッシュを受け取ったという記録と計算として百円を手放している、という風に理解する。
 ・貨幣が初登場した頃は、貨幣は、2者間での物々交換の便利化としての意味しか持たなかったかもしれないが、そのような互いに分離した取引者ペアーが至る所で発生し、その空間密度が高まると、複数の小磁石が結合して大磁石が出来る様に、取引者ペアーが輪(イメージ)につながって経済循環機械という大循環が生じたのだろう。これは、物版インターネットだ。

・売買の対象としては、物品よりも労働・役務がとりわけ重要である。
 なぜなら、それは、人が人を支配する、ということに深く関わるから。

・貨幣の登場は、本質的には、交換価値を持つ固体の採用ではなく、新種の契約の許容化(契約の自由の拡大=規制緩和)だ。

・社会問題を考える上で問題となる貨幣の機能は、利便性ではなく、統治だ。
 ・透明貨幣の寓話に鮮明に描き出されるような、支配と被支配の構造に対して、不満が蓄積して爆発しない様に、納得させる理由付けが貨幣だ。

・金を持っていない側(支配される側)が勝手に金持ちに成らない様に、金を持っている側(支配する側)が金の力で不正なコントロールをしているのではないか。
つまり、金持ちがいつまでも金持ちであり続け貧乏人がいつまでも貧乏人であり続けるように、お金の力で不正な工作が行われているのではないか。
活かさぬよう殺さぬよう、という事がなされていないか。
そういうことがあれば、金持ちが金持ちである事の正当性が薄弱と成り、人が理由付けとしての貨幣に納得しなくなり、統治が脆弱となる。
誰が金持ちに成るかは自由市場で決めるべきだ、という考えは、この文脈において自然に出て来る。
金を持っている人が支配(発注、命令)し、金を持っていない人が支配される(受注する、命令される)ということは、金儲けの競争は権力闘争だ、という事であり、これが社会問題を考える際には、お金の本質だろう。
税を権力の象徴として批判している者達も、権力の亡者であるだろう事は、想像に難くない。
権力闘争ならば、自分が儲けると同時に、ライバル(支配されている者)が儲けないようにする、ということがなされているのではないか、と疑うのは当然だ。
談合には、そういう文脈も存在したはずだ。
自分がしなくても誰かがしたら、正直者は馬鹿を見る、といった形で、誰かに支配されてしまう。
これに対する用心としては、台頭を妨害する行為は、無理からぬ所がある。

・不買運動は、もっと悪い不正に対抗する措置としてでない限り、アビューズである。
 ・買う人が、商品自体への自分の欲望と商品の価格の比較考量のみに依拠して買うか買わないか決めるのが市場原理の原則だ。
 ・売る人の財力を抑制・減殺するために買わない行為は、市場原理への違反だ。
 ・買う人が、自分の財力不足を理由に買わない事は、市場原理に合致する。
 ・自由市場経済は、不買運動に対して無防備である。セキュリティーホール。

量が多く成り過ぎて、このページを今日中に整理するのは無理です。
後日、小分けにして書きます。