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2011年10月26日(水)
自粛、謹慎、やせ我慢、そして大とぼけ(その3)
その2で述べた様に、結果として生じる実利の配分の観点からは、自由に取るやり方の方が、先に取る人が遠慮するやり方に比べて、あらゆる点で優れている様に見える。
しかし、ここで、心の状態に目を向けると、自由に取るやり方では、当事者の一人一人が、自分が満足して他の誰かが我慢する事を期待しながら過ごす事に成るのに対して、先に取る人が遠慮するやり方では、そういう心が生じる芽を各自が未然に摘んでいる。
私は日本式マナーに賛成するわけではないが、これが日本式のマナーの本質ではないか?
つまり、分配の不可能な価値が集団に付与された場合、誰か一人だけがそれを獲得するのは良くないから、という理由で、その価値を完全に放棄してしまって、その集団の誰もその価値の恩恵に与れない様にする、といった類のやり方なのではないか。