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2007年12月22日(土)
天才の権利
天才であってもなくても、誰にも、出来得る限りの事をし、成り得る限りの者に成る権利がある。
その、出来得る限りの事、成り得る限りの者、が才能によって違うだけの事だ。
もちろん、出来得る限りの事、というのは、法律の尊重もかなぐり捨てて能力的に出来得る一切の事、という意味ではない。
成り得る限りの者、についても、武力で反乱を起こして日本の王に成る、というのは、能力的に出来ても当然駄目である。
タッタタラリラ。
天才であってもなくても、この原則は同じなのに、天才の権利だけが問題に成るのは何故か?
天才の権利は、そうでない人の権利よりも、侵害されやすい、からだ。
それは、天才の場合、出来得る限りの事と成り得る限りの者、の内容が、そうでない人と比べて、実利的にも名誉的にも抜群であるからだ。
その事を理由に、それが目に余るものに成らない様に、という動機から、天才の権利が侵害される危険性がある。
確かに、一個人だけが飛び抜けて幸福に成ったのでは、それを見た他の人は精神的に辛いかもしれない。
しかし、それを防ぐために、直接的に結果自体を取り締まったのでは、天才は大きな苦痛を味わう。
喩えば、一人だけ羽根の生えて空を飛べる人が生まれて来たとしよう。
その人だけが空を飛びまわっては、それを見る他の人が辛いから、という理由で、その人の羽根を切除したり、飛べないように羽根を紐でくくりつけたりしたら、どうなるか?
その措置によって解消された他の人の辛さよりももっと大きな苦しみを、その措置は羽根を持って生まれた人に生じさせてしまう。
ウサギと亀の競走の童話で、ウサギが途中で居眠りしないから、という理由で、ウサギに薬を盛って眠らせるのも、同じだ。
私は、そういう事をしては当然いけない、と言っているだけの事だ。