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2007年11月24日(土)
エリートカテゴリーにおける実利の弱者割引
エリートカテゴリーに属する才能や能力や業績の優劣に関わる事実を競う事は、全く制限を受けてはいけないが、先述したように、エリートカテゴリーに属する職位や学籍については、それは実利に関わる事なので、弱者割引を適用しなければいけない。
その妥当なラインは、権利の新規獲得同士の競争は全くの自由競争であるべきであり、かつ、既得権益の保護は権利の新規獲得の権利よりも優先されねばならない、という辺りだろう。
これを、エリートカテゴリーにおける実力主義の定義、と考えるのが良い。
ただし、この実力主義に含まれる競争への制限は、純然たる弱者割引かと言うと、既存の事業者の将来性に早々に見切りをつける態度では、何事も細切れに成ってしまい、その事による社会的な非効率が馬鹿に成らない、という意味で、そうではない面もある。
喩えて言うならば、毎日、その日に生産されるパソコンのうちで最も性能の良いものを採用して、その代わりに昨日使用したパソコンの使用を取りやめる、という事を続けるならば、そのパソコンの使用目的に当たる本来業務は、一向にはかどらない、という事だ。
さて、学問の場合、実際には、地位が上に行けば行くほど、権利の新規獲得における、いわゆるコネの果たす役割が大きく成って行くらしい。
これは、実力主義に対する違反そのものではないが、実力主義に対する違反の温床と成る。
コネというものは、濫用されなければ、実力の測定を極めて長時間に渡って行なう、という事だから、それなりの合理性を持つ。
しかし、コネの、外部者の侵入を差別によって防ぐ、という保護貿易的な使われ方は、実際に為されていると考えるべきであり、これは実力主義に対する明白な違反だから、当然是正されねばならない。
また、コネは、しばしば、将来の権利の新規獲得競争で自分を打ち負かしてしまう可能性のある秀逸な後輩を外に出してしまい、内部には自分を追い越す危険性が小さいと見込まれる凡庸な後輩を残す、という風に使われて来た、と考えるのが順当だろう。
つまり、才能の芽を摘む、という悪質なケースだ。
そういうケースがあるだろうと私が考えるのは、追い越し行為を、まるで犯罪ででもあるかのように敵視するぬすっと猛々しい風潮が、学問の世界にすら、あるからだ。
これも、実力主義に対する明白な違反であるから、当然対策が講じられねばなるまい。
(これとは別に、内部に置いたまま手柄や能力向上につながらない負荷をかけて妨害するという実例も、聞いた事がある。)
ちなみに、私は、自分で外に出た。
私の場合、自分の実力不足以外の理由で不本意な分野に強制的に配属させられそうな気配は感じなっかったし、有労無功な負荷をかけて潰されそうな気配も感じなかったが、学生時代に、自分が良過ぎる事を言った時の先生の反応を見て、ここに居たのでは、早過ぎる時期の大き過ぎる業績は、もみ消しの被害に遭う危険性が大きい、と判断した。
このような経験は、普通の人はしないだろうと思う。
学校の先生というものは、良い先生であれば、自分達の用意した模範に生徒が近付けば近付くほど生徒を褒めてくれる。
しかし、ひとたび生徒が模範を超えると、意外にも豹変して、不条理な反応を示す。
その様は、まるで、ボヤ騒ぎの火を必死で消そうとしているかのようだった。
普通の人は、かなり優秀であっても、模範を超える事は無いから、そのような経験はしないだろう、と思う。
その範囲内では良い先生は多いので、たいていの人は安心していて良いと思う。
また、全ての先生が過ぎた優秀性に対して不条理を働く、というわけでもない。
しかし、あなたが天才ならば、苦い思い出があるかもしれない。
その場合、その件については悪いのはあなたではない、という事を、知っておいて欲しい。
そういう場合は、全面的に先生の方が悪い。