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2007年11月13日(火)
不条理は厳しさではなく弱者の隠れミノである
厳しさとは正義の厳しさである。
悪の弊害を厳しさとは言わない。
フェアな競争の結果として生じる格差は厳しさである。
不条理は、この厳しさから避難するための妨害であり、これを厳しさとは言わない。
学問で言うと、先生が厳しい、なんて事は有り得ない。
そんな先生が居たら、そこで言う厳しさは、本当の厳しさではなく単なる不条理だ。
学問の厳しさとは、取り扱う内容自体の難しさ、自分が間違える事、他人が間違えない事、これらが学問の厳しさだ。
先生としての本当の厳しさとは、この厳しさに生徒を直面させる事であって、怒鳴る事でもシゴクことでもない。
学問の厳しさは、先生が親切の限りを尽くしても、生徒はそれを克服できないかもしれないぐらいに甚だしいものだ。
不条理な先生やそういう先生を求める生徒は、結局は、学問の本当の厳しさから逃げているだけなのだ。
そういうのをSMゴッコと言う。
学問の先生は、生徒が最小限の労力で自分(先生)を超えて行くように指導するのが正しい。
その効率を意図的に減ずる行為は全て不条理である。
不条理な先生は全てペテン師である。
ペテンによって身を守ろうとするのは、弱い人間のする事だ。