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2007年11月10日(土)
社会主義は馬鹿にさせない事を第一とするからいけない
労働者の権利を言う所は社会主義の良いところだが、頭脳的でない労働が最も尊い、という価値観を強要するところが社会主義の悪い所だ。
なぜなら、第一にそれは思想や表現の自由を認めない考えだからであり、第二にそれは強要する価値観の内容が逆差別という間違った内容だからだ。
私は、なぐさめ、という行為を全否定はしない。
しかし、なぐさめの論理を社会の公認の哲学にして良いはずがない。
そんな事をしたら社会が歪むからだ。
なぐさめ、というものは、優れている者ほど劣っている、正しい者ほど間違っている、幸福な者ほど不幸である、という風に事実の逆を説き、大きい事を小さく、小さい事を大きく言う傾向が、ある。
これは、痛みを和らげるための一時的な局部麻酔としてのみ許される事であり、優れている者や正しい者についての事実を歪曲して公布するまでに用いられるならば、それは明らかに濫用である。
今の日本には、そういう歪んだ逆さまが蔓延している。
これが、選挙でよく聞かれる「思いやり」という言葉の隠れた意味だ。
社会主義が、魅力のあるもの、自慢になる事、これらをことごとく禁止したのは、それらを野放しにすると、頭脳的でない労働がくすんでしまい馬鹿にされるように成るからだ。
社会主義と言うものは、もともとが、蔑視に対する怨念を原動力として生じたが故に、蔑視させない、という事を最優先事項とする傾向がある。
この点が、社会主義の致命的な欠点だ。
純粋な学理の追求というものは、たとえ役に立ったとしても、頭脳的でない労働が、それとの対比において、あまりに馬鹿にされ過ぎるから、社会主義においては追放されたのだ。
世の中に必要なものを、単に不快だからという理由で切除したなら、その社会は当然滅ぶ。
魅力的なものが魅力的であるにはそれなりの理由があるし、自慢に成る事が自慢に成るにはそれなりの理由がある。
魅力や自慢に思う気持ちを正直に感じる事は、人間の進むべき方向を知るための大切なアンテナである。
手足の働きの方が頭脳の働きよりも重要だ、なんて倒錯した考えが自己矛盾に陥る事は、(頭脳的でない)労働者の国を自称する共産主義国で書記長という地位が神の様にあがめられる事を見れば直ちに分かる。