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2006年11月15日(水)晴れ
学会発表旅行記-11-
部屋に戻ってから、その日の夜は、興奮してなかなか寝ることが出来なかった。
何度か寝ようと試みたが、なかなか寝付けなかった。
そのため、テレビの使い方を色々試してみたり、無料のコンテンツを楽しんだりした。
普通のテレビ放送を見る方法に僕が気付いたのは、この時だったかもしれない。
フジテレビの日本語放送を見ることが出来る事、TBSは日本の放送局とは限らない事、イラク戦争の戦没者追悼番組の存在等々、色々な気付きがあった。
持ち帰ったデザートを食べるために、お腹が空くのを待ったが、なかなかお腹は空かなかった。
デザートを食べる事が出来る程度にまでお腹が空いた頃には、二山あるデザートの片方の山は解けて崩れていた。
その上、箸やスプーンやフォークが無かったので、どうやって食べようか思案したあげく、ペットボトルの口の部分をデザートに押し付けて、それによってデザートを掬い取って食べた。
10月31日の起床予定時間より2時間ないし3時間前には「昨日あたりから今日にかけて美人をたくさん見てしまったなあ」と感慨にふけりながら、んぐんぐッと寝付いた。
目覚まし時計の音で目を覚ました時には、人間一日に一度は寝る事が出来るものだ、と思った。
部屋を出る前に僕は、ベランダでヘンデルとテレマンの触りを、口笛で吹いた。
チェックアウトのために部屋を出る前に再三再四忘れ物が無いか確認して部屋を出て、まず、部屋の直ぐ近くの掃除のオバサンに、この部屋はもう入っても構いませんよ、と告げてからホテルのフロントに向かった。
その少し前に掃除のオバサンから部屋を出る時刻を聞かれて、午前8時50分までには出ます、と告げていた。
僕はその予告通りに部屋を出た。
この頃にはもう、火災時の避難経路も把握出来ていた。
フロントでチェックアウトする前に、情報サーヴィスコーナーに行くと、例の男の子の代わりに英国風の綺麗な女の人が居た。
外見で判断して、この人は英語だなと思ったので、英語で空港までの交通機関についてお薦めは無いか尋ねて「イリマツアー」というバスに予約を入れてもらった。
情報サーヴィスコーナーのその女性は、電話で「イリマツアー」と交渉し、それと同時に僕と交渉した。
僕は午前9時45分という乗車時刻を打診されて即座に「それを受けます」と答えた。
そして、バスの名前と乗車位置を教えてもらって、バスの名前の書かれた紙片をもらった。
僕が「玄関は幅が広いので玄関のどの部分で乗るのか分かりません、教えて下さい」と言うと、その女性は英語で説明してくれたが、僕にはその英語は良く分からなかった。
それを察して、その女性は玄関の図を取り出して、そこに乗車位置を書き入れ、その図を僕に渡してくれた。
僕はその後フロントでチェックアウトした。
チェックアウトした時に僕は、フロントの人に「ここへ来るまでは僕はハワイは何も無い所だと思っていましたが、今はハワイが如何に良い所かを僕は知っています、あなた方が僕にそれを教えてくれました」と一言礼を述べてからフロントを離れた。
ホテルの玄関でバスを待っている間、僕は、カバンのヒモを左脚に巻きつけていた。
ヒッタクリを防ぐためだ。
教えられた乗車位置は日なたで暑かったので、数メートル横の日陰へ移動した。
すると守衛さんと目が合ったので、僕は、左脚を見せて英語で「良いアイデア」と言った。
日本でなら、そこまで(カバンのヒモを脚に結び付けることまで)はしない。
腕力も大体想像が付くし、こちらには格闘技の心得もある。
しかし海外では、ヒッタクリの腕力が予想以上に大きいかもしれない。
もし、万力のような握力でカバンの取っ手をつかまれ、自動車のような牽引力で引っ張られたなら、手で引っ張り返したぐらいでは引ったくりを防げない。
その可能性を考えに入れて、これなら大丈夫だろう、という方法を僕は考えたのだった。
シェラトンワイキキホテルの玄関前には高級タクシーが続々と押し寄せて来ていた。
僕は、僕が頷いたと誤解されないように、決してアゴを下げないように注意し、また、顔を高級タクシーの方に向けず、目だけを動かす事によってそれらの様子を把握した。
顔を向けると、僕が相手に気付いていることが、相手に分かってしまう。
気付いていないかのごとく振舞うのが無難だ、と僕は判断した。
誤って運賃の極端に高いタクシーに乗る破目になるのは是非とも避けねばならなかった。
そうこうしているうちに本命のバスが到着した。
バスと言うよりはワンボックスカーのごときものだったので僕が戸惑っていると、守衛さんが、それだ、と教えてくれた。
その前に僕は守衛さんに乗り物を訊かれ、バスの名前の書かれた紙片を見せて「このカードを使います」と知らせていた。
後にして思えば「このカードを使います」が守衛さんには「このカーを使います」に聞こえたかもしれない。
僕は左足にカバンのヒモを巻きつけたままビッコを引くようにしてその車の所まで行き乗車した。
運転席の隣の助手席に乗せてもらって嬉しかった。
僕は、運転手さんから僕のハワイ滞在は何日かを訊かれ、それに答え、発表は上手く行った事を伝えたのみで、後は黙っておいた。
走行中、運転手さんは、他の乗客と世間話をしていた。
僕は、耳を凝らしたが、その英会話は聴き取れなかった。
かろうじてアメリカ本土の都市名が含まれているのが分かった程度だ。
ホテルにはマクドナルドが無かったので、アメリカではハンバーガーの時代は終わってピザの時代に成っているのか、と思ったが、車窓からマクドナルドの店舗が1件だけ見えた。
空港に着くと僕は運転手さんに「最も良い座席に座らせてくれて有難う御座いました。僕がほとんどしゃべらなかった事についてゴメンなさい」と挨拶をして空港内に向かった。
JALエコノミークラスの入り口には長蛇の列が出来ていた。
僕は、最後尾の安藤美姫似の女性客に日本語で、そこが最後尾であることを確認して、列に加わった。
音に釣られて上を見ると、上空をジェット戦闘機が数機飛んで行くのが見えた。