since 2003
イレコナビ サイトマップ
< 日記 >
< 2006年11月 >
< 10日 >
2006年11月10日(金)晴れ
学会発表旅行記-6-
10月29日朝、朝食を買うために例のピザ屋へ行く途中で、前日にピザの掲載されたメニューブックを見つけたテラスが海に面している、という事に気付いた。
前日は夜で暗くてその事が分からなかった。
ホテルのフロントに行って忘れずに再チェックインもした。
僕の気のせいかもしれないが、それに応対してくれた人は、その時は少し不機嫌だった様に見えた。
部屋に戻って直ぐにオナラをしたら不覚にも身が出た。
それによってパンツが汚損したため「確か着替え用のパンツを持って来ていたはず」と思い、汚損したパンツを一旦は、脱いだ靴下を入れるために持って来ていたビニール袋に入れ、カバンを調べたが、靴下のスペアはあるがパンツのスペアは無い事に気付いた。
ビニール袋としては、そのビニール袋と、雨から腕時計や携帯電話を守るためのビニール袋と、2つを持って来ていた。
それ(パンツのスペアは無い事)に気付いて一瞬あわてた後で冷静に考えた結果、汚損したパンツを水洗いしてベランダに干して乾かして使う事にした。
そして、ビニール袋からパンツを取り出し、ビニール袋をゴミ箱に捨て、パンツを水洗いしてハンガーを使ってベランダに干した。
乾くのに丸1日かかったので、僕の旅程誤認によって1日早く着いてしまった事は、是非とも必要な事となった。
パンツやお尻を洗う時に、風呂便所の部屋を、刑事コロンボの殺人現場みたいだ、と思った。
そこの表面光沢の無い大きなタイルには高級な質感があった。
その時に、トイレットペーパーをたくさん使い過ぎて、トイレが詰まってしまった。
廊下の掃除のオバサンにそれを言うと、掃除のオバサンは処理係を呼んでくれた。
処理係の人は瞬く間に問題を解決したが、その処理係の人を自分の部屋に入れる際に、僕のそれまでの鍵の使い方が間違っている事が分かった。
僕は鍵カードを普通の向きに差し込んだ後、裏表逆にして差し込んだ状態でノブを回してドアを開けていたが、正しくは、普通の向きに差し込んで抜いた後直ぐにノブを回すだけで良かった。
なぜ、僕が間違えたかと言うと、差し込んだ状態でノブを回そうとしてもノブが回らなかったからだ。
そこから飛躍して、裏表逆にして差し込むという奇行(これは鍵の使い方の説明図を僕が誤解した結果だ)に及んだわけだが、抜くという操作に意味があったとは気が付かなかった。
部屋の直ぐ外のベランダに、今まで見た事の無い愛らしい鳥が来ていた。
「ぬ、オレのライバルが来た」と僕は思った。
イングリッシュタウンで習った「affectionate」という単語が口を突いて出て来た。
その鳥を得意の口笛で歓迎してやった。
すると僕のその口笛の音を聞いて、下の階の宿泊客がベランダに出て来たので、僕は軽く会釈をした。
僕の発表は翌日だったが、念のためにもう一度自分の発表予定会場に行こうとすると、既に学会は始まっており、受付が設置されていた。
そこで壁に大きなデジタル時計を見つけたので、受付の人(複数人)のうちの一人に、英語で「あの時計は正確ですか?」と尋ね「はい」との返答を得て、念のためにもう一度英語で「完璧にですか?」と尋ねて「はい」との返答を得たので、まずは直ぐに
その時に僕が着用していた腕時計を合わせ、合わせるべき他の時計(懐中時計と目覚まし時計)を取りに部屋に向かった。
懐中時計と目覚まし時計を持って部屋を出、正確な壁時計の所まで持って行き、それらを合わせた後、部屋へ戻ると、部屋へ備え付けられている時計は数分進んでいる事が、分かった。
受付のその人は、僕の目には日本人に見えたので、日本語も通じたのかもしれないが、僕は念のために英語を使った。
それにしても、情報サーヴィスの男の子がこの正確な壁時計を知らなかった、とは意外だ。
学会が臨時に設置した物なのだろうか?
自分の部屋の外において、パンツ無しでもズボンを履いていれば、歩くだけなら特に問題は生じなかった。
ただし、絶対にオナラをしないように気を付けた。
部屋では、テレビの使い方を、無料で出来る範囲内で色々試してみた。
特に覚えているのは、高級乗用車の広告コンテンツだった。
BMWに始まりトヨタ「レクサス」も入っていた。
ターゲットが富裕層である事はほぼ明らかだった。
軍用車風の「ハンマー」という米車も魅力的だった。
自分の部屋でストップウォッチで時間を計りながら発表の予行演習もした。
部屋からベランダへ出る時とベランダから部屋へ入る時に、室内と室外の気温湿度に変化が感じられなかったので、ハワイの気候は非常に良好だと感じた。
エアコンも、それが動いているのに気付く度ごとに僕はそれを止めた。
必要無かったからだ。
そのぐらいハワイの気候は良かった。
部屋からは離陸して間もない飛行機が見え、あれに乗るのは発表の責任を果たして身軽に成った自分だから早くその時が着て欲しい、と僕は思った。
ほとんど全ての観光客にとっては、その逆だったろうに。
ほとんどの観光客にとっては、帰りの飛行機に乗っている人々というものは、竜宮城から日常へと引き戻される可哀相な人々、だったろう。
夕方にはピザ屋の前のプールのある広がりで、ハワイアンダンスとハワイアン音楽演奏を視聴した。
特にダンスは驚きだった。
今まで日本のテレビで散々見て、それによって僕の頭の中に作り上げられたハワイアンダンスのイメージとは、全然違っていたからだ。
本物の方がテレビで見たものよりもずっと上手だった。
僕は、これは日本のテレビのカメラワークのせいではないか、と思っている。
たとえば、体全体の重心のユックリした運動がハワイアンダンスの重要な要素ならば、重心が常に画面の中央に収まるようにカメラで体全体の動きを追うと、その要素を殺してしまう事に成る。
寝る前に、部屋の固定電話でもう一度父に電話をかけると、今度はつながったので、海外旅行保険の会社に旅行期間の延長を申し出てくれ、と頼んだ。>
僕の旅程誤認には、帰国日が本当は11月1日なのに10月31日だと思い込む事も、含まれていたからだ。
情報サーヴィスの男の子は、部屋の固定電話は割高だからという事でテレフォンカードの購入を僕に勧めたが、テレフォンカードだと使い残した分が無駄になる、というのが僕の打算だった。
しかし、後で利用明細を見てみると、このときの僕の電話代は5000円以上に上っている。
情報サーヴィスの男の子のアドヴァイスに従った方が良かったのかもしれない。