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2006年11月6日(月)晴れ
学会発表旅行記-2-
空港を出る前の最後の関門は、たぶん荷物検査だった。
ここまでは僕に接してくれた審査官は全て女性だったが、荷物検査の検査官は全て男性だった。
荷物を検査はされなかったが、検査官から少し厳しい口調で指示を受け、それに従った。
「I-94Wを渡せ」という指示と「緑色の線の上を歩け」という指示(もちろん両方とも英語)だった。
検査官から「荷物」と英語で言われて僕が直ぐそれに従う素振りを見せたので、検査官はその必要がないと感じてI-94Wの回収に留めた、ということだったのかもしれないが、その辺の事は僕には良く分からない。
荷物検査の直前は別送荷物の受け取りだった。
僕の場合、別送荷物は、歯磨き粉とギャツビー寝ぐせ直しウォーターの入った小さな紙箱だけだった。
僕がそれを受け取った時には既に、別送貨物の引き渡し受け取り作業はほぼ全て終わり、残るは僕の荷物ともう1つ僕以外の人の荷物のみとなっていた。
そこで係員さんが僕の荷物を優しく僕に引き渡してくれた。
空港を出ると直ぐに、円をドルに両替しなくてはいけない事に気付いた。
予め、空港とホテルで両替が出来ることを、聞き知っていたので、現金は全て円で持って行ったからだ。
僕は入国手続きで手間取ったため、僕が空港を出た時には、既に他の旅行客は皆出払ってしまっていて空港は閑散としていた。
両替の出来る場所を聞くことが出来る人がいないかと辺りを見回すと、旅行代理店関係の人が数人屋台を構えていた。
気まずいなあ、と思いながらも両替について聞いてみた。
すると、英会話の指導で有名な大杉正明さんをニヒルに崩したような感じの人が「ここはドルの国だからね・・・でもエアポートはレイトが一番高いよ」とイヤミな日本語で教えてくれた。
僕は突っ張って顔色一つ変えず「有難う御座います」と一言日本語で礼を述べて両替所へ向かった。
もちろん、そこがドルの国であることぐらいは言われなくても分かっていた。
まず最初は、その人からだったか、両替所は空港の中にある、と聞かされ、自分が今通ったばかりの出口を見ると「立ち入り禁止」という意味の英語が書かれていたので途方に暮れたが、その直ぐ後、その人だったか別の人だったかが、立ち入り可能な場所にも両替所がある事を教えてくれたのだった。
なぜ気まずいかと言うと、僕は旅行代理店を通さず旅の手配を全て自分でやってしまっていたからだ。
自分で出来るんでしょ?だったら我々に聞くなよ、という論法だって成立し得る。
その様に言われはしなかったが。
僕も好き好んで自分で手配したのではない。
最初は僕も、学会を通した方が安価なので、宿泊と交通は学会を通して申し込むつもりだったのだが、学会からファイナルアジェンダなるものが送られて来るのを待っていたら、学会を通しての申し込みの締め切りを過ぎてしまったのだ。
学会を通しての申し込みなら、旅行代理店が間に入る事になったろう。
結局僕も、ファイナルアジェンダを受け取る前に旅の手配を済ませた。
ファイナルアジェンダは旅の手配の後に受け取るものだったらしい。
僕がその事に気付いたのは、学会を通しての宿泊と交通の手続きが締め切りを過ぎているのをウェブ上で見た時だった。
発表日程が確定するまでは宿泊交通の予約は出来ない、と思ったからだ。
今でも、それについての事情は、僕には良く分からない。