since 2003
イレコナビ サイトマップ
< 日記 >
< 2006年04月 >
< 03日 >
2006年4月3日(月)晴れ
なぜ僕は物理教育を志したか
友達から、出来るようになると教えたくなるもんだよね、と言われたり、子供の頃の僕の学校の先生や父が、生徒として出来の悪かった人の方が大人になってから良い教え手に成れる、と言うのを聞くにつれ、そういう誤解を正したいと思うようになった。
正に、僕はそれらを誤解だと考えている。
僕が、物理を教えたい、ないしは、教材の体系を作り上げたい、と考えるようになったのは、学習者としての自分が、教える側の不手際に起因する多くの学習上の困難に、何度もぶつかって来たからだ。
それら困難にぶつかり、それを乗り越えるたびに、こういう風に言ってくれればすぐに分かったのになあ、説明が悪いなあ、と僕は感じた。
そこから僕が強く感じたものは、異なる教え手に共通して言える普遍的なクセであり、それを僕は伝統の轍と呼ぶ。
伝統の轍には無害なものもあり、そういうものについては、僕も出来るだけそれを踏襲するように心掛けているが、非常な学習上の困難を引き起こすのもまた伝統の轍だ。
これらの学習上の困難は、学習者を挫折させて学習の続行を不可能にするだけの威力を十分に持っているので、教え過ぎると生徒の主体性が損なわれる、などといった悠長な事を言っていられない。
生徒の主体性の追求は、生徒の学習の挫折が回避された上での事だろう。
最近の教育界の動向を見ると、上手く教える競争で勝てない者が、勝手に基準を変更して、上手く教える事が肝心なのではない、という風にしてしまって、生徒を犠牲にしても自分達の敗北を避けようとしているかに見える。
さて、僕は、そういう学習上の困難にぶつかった事が、非常に多数回ある。
そのため、僕は、学習上の困難にぶつかったとき、それを乗り越える前から、どうせまた説明が悪いんだろう、これを乗り越えた後の僕が説明すれば直ぐに分かる様に説明できるのに、と考えるようになり、挙句のはてには、困難にぶつかる前から、この分野もどうせまた僕が書き直さなきゃならんのだろうなあ、と考えるようになったのだ。
つまり、僕の場合、自分が教育に介入する必要を感じたのであって、必要も無いのに、出来るようになったから教えたい、などという安直な発想で動いているのではない。
必要というのは、人類の物理教育の歴史において、僕の介入無しに伝統の轍が矯正される事は永久に無いだろう、という事情だ。
生徒のときに出来の良かった人は、先生になった後、出来ない生徒がどこでつまづくかを察知できないので、上手く教えられない、のに対して、生徒のときに出来の悪かった人は、それが出来る、というのは俗説であって、僕は、生徒のときに既に、授業を聞きながら先生より優れた説明法を思い浮かべていた事が多々あるし、生徒のときに既に、どういう勘違いが生じ得るか、という事についてまで思い巡らせていた。
もちろん、出来の悪い生徒の頭の中を知り尽くしていた、と主張するつもりはないが、少なくとも、出来が悪かった故に教えるのが上手、というタイプの人よりは僕の方が一枚上手だ、という事を言いたい。
そういうタイプの人の利点は、せいぜい自分のつまづき方に対する経験だけであって、多様なつまづき方に的確に対処するには、そういった経験よりも、むしろ、生徒の言葉の最初の一音節を聞いた瞬間に既に生徒のつまづきの本質を見抜いている、といった類の明敏さの方が大切だからだ。
出来が良かった故に教えるのが下手、という人は、所詮、その程度の出来の良さに過ぎなかった、ということであって、出来が良ければ教えるのは下手なり、という事の証拠と成るものではない。