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2006年2月27日(月)曇り
どこがダメか
量子力学の教科書というものはね、量子力学の草創期を生きた物理学者によって書かれたものは、量子力学建設の成り行きの説明にページを割く傾向があるものなんだ。
そんな説明は今の僕らには必要ないでしょう。
もっと正確に言うと、必要なくはないかもしれないが、そういった知識は、結局どういう理論が出来上がったかをキチンと学んで分かった上で、余力があれば身につけると良いものに過ぎない。
たとえば、現代の小学校や中学校の子供向けの学校の数学の教科書としては、その数学が発明された当時の文献は、たとえそれがどんなに著名で有能な数学者によって書かれたものであっても、全く不適当なものだ、ということなんだ。
どんなタホ教師でも、中学数学の図形単元をユークリッド原論で教える程度にまでタホではなかろう。
これらの学校教科書の記述は、その内容が発明された当時の文献よりも、はるかにスッキリ整理されているし、もっと高級な数学を学ぶための準備としての十分性に最大限の配慮がなされている。
最近の学校教科書は必ずしもそうではないかもしれないが、本来はそうあるべきものだ。
記述がスッキリ整理されていない、あるいは、詳し過ぎる、つまり、枝葉まで書き過ぎている大著は、学習者に論旨を見失わせ学習を挫折させるだけでなく、後でもっと高級な学習課題に費やすべき時間や精力を、学習者から奪い取ってしまう。
量子力学の教科書についても、これと同じ事が言える。
物理学の勉強は量子力学で終わりではない、もっと先がある。
その上、大著なら全てが網羅されているのかと言えば、僕の教材に書かれている事項(いずれも必要な事ばかり)で既存の大著には欠けている事項もある。
つまり、僕以外による教材はどれも、不必要な事まで書かれていると同時に必要な事が書かれていない。
そこがダメだ、と僕は言っている。
量子力学の教科書には、ダメさが小さいものもあるが、ダメ過ぎて物理学科の教科書としては全く使えないものも非常にたくさんある。
それなのに、著作者や出版社の既得権益保護のためか、誰も学生にそのことを教えようとしない。
この事に限らず、学校は、生徒から真実(本音)を隠して本当の事に気付かせないようにする傾向がある。
このような「寝た子を起こすな」主義を非常にけしからん事だ、と僕は思っている。
宇田が大口をたたいている、と言いたいヤツは、
これを見てからそう言え。
目をそむけてる限りにおいては、死ぬまで自分のどこが劣ってるか分からんだろうよ。